一目見たとき



「なーーにこれ、そんなにわたし信用ない?」

「…すみません、規則ですので」

「もう、わかってるわよ、そんな顔しないでよドミノちゃん」



ばさりと正義のコートが揺れる。〇〇が差し出した手に、ガシャンと鈍い音を立てて重たい手錠がかけられる。



「本当に捕まったみたいね、うふふ」


看守たちがいい顔をしないのは当然だ。中将の権限を振りかざし、我儘を言ってインペルダウンに来るような人物など、面倒臭いに決まっている。



今日、ここに来たのには理由がある。エレベーターで下の階へ、するすると降りていきながら、昔のことに想いを馳せていた。

目的の場所には、今までの階とは全く違った、無の世界が広がっていた。看守に促されてエレベーターを降り足を踏み出すと、異様な雰囲気がびりびりと肌にしみた。

暑い革のブーツを鳴らして歩を進めていくが、当然のように先ほどの階までのような卑猥な野次や煽りは聞こえない。










ある檻の前で、看守は立ち止まり、一礼するとさがっていった。

見れば、懐かしい顔。顔を横切っている存在感のある傷は消えることがない。ただ、いつもの葉巻も黒いコートもそこにはなかった。



「やあ、お元気ですかあ」

「…」

「わ、怖いですう、睨まないでよう」



おどけた様子にクロコダイルは額に手を置き、ふ、とため息をつく。



「わたしはどこぞの馬鹿海軍と違って、貴方が大人しく英雄なんてしてるとは思ってなかったわよ?」

「あぁそりゃ、結構なことだ」

「ただ今日は、ヘマやらかして捕まった鰐さんを見に来たかっただけ〜」

「少将も暇なもんだな」

「あーーー、わたしもう中将だからねー?此処に来るためにどれだけ働いたか見せてあげたいくらいよ」










クロコダイルを一目見たとき、

食えない男だと思った。こんな男が大人しく政府の狗になんてなるはずがない。センゴクさんに何度もアラバスタへ軍を配備することも進言していた。

ある、長期の海賊一掃任務からの帰り道、同期のスモーカーとたしぎの昇進の連絡がまわっていた。功績はクロコダイル討伐。スモーカーは海賊はどこまでも海賊、というスタンスだったから馬があった。彼ならクロコダイルに疑いをもっていても理解できる。ただ、クロコダイルを捕まえるとしたら自分だと思っていた。事実をうまく飲み込むことが出来なかった。

スモーカーから全てを聞いた。東の海のルーキーなどに興味はない。ただ心にはインペルダウンに収容されるであろうと予想がつく彼。嫌味の一つでも言いにいってやろう。それには濫用できるほどの職権を得るところからだ、と思ったのだ。







檻の前に立つ〇〇の姿を見て、少し前の彼女の姿を思い浮かべていた。










〇〇を一目見たとき、

食えない女だと思った。馬鹿そうに見えてこいつは腹ん中で考えを巡らせているタイプだ。「やっぱり七武海の立場って利用しやすいですよねぇどうなんですかぁ?」なんてことも、にこりとしながら言ってのけた。

そこから彼女は自分の尻尾を掴もうと四苦八苦していた。大佐だった〇〇は任務の合間を縫っては砂漠の国へ来るくらいに。いつか捕まるとしたら、この女によってではないかと冗談でも考えてしまうほどだった。










「俺がいないと暇で仕方ないだろう」

「そうねえ、仕事が捗って困るわ」

「こんな所で油売ってるお前が言うか」

「貴方こそ、こんな所で油売ってる、って言葉が似合うんじゃないかしら?」



ふふん、と鼻で笑う〇〇に後ろに控えていた看守が声をかけた。



「そろそろお時間です」

「あらそう、分かったわ」



〇〇は感情の読めない顔で、看守の言葉を聞くと、食えない笑みをにこりと浮かべてひらひらと手を振って背を向けた。

嫌味一つ、言ってやろうと思って来たが、想像よりギラギラした目が死んでいなくて、なぜか少しホッとした。彼がこのまま此処で死ぬ筈がない。

コツコツと自分の革のブーツの音が響く。







「〇〇」


後ろから名前を呼ばれる。初めてのことだった。


「なあに、クロコダイル」


くるりと振り向くと、彼は悪い笑みを浮かべている。




「どれだけ退屈でも、俺以外に追っかける奴が出来たら、ただじゃおかねぇからな」


「うふふ、仕方ないわね」


「もう少しだけ、娑婆で待ってろ」





クハハ、と渇いた笑い声が、心地よく身体に響いた。


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