「本当に、ごめんなさい…半年も斎藤さんに甘えて送ってもらったりして、今さらなんだけど…」

「……」


沈黙が続く。
なんだか、もうよくわからなくなってきた。
自宅まで彼氏でもない人に送ってもらうことも悪いことのような気がするし、その行為を断っている今この状況も悪いことのような気がする…。

すると、斎藤さんがゆっくりと口を開いた。


「もしや…あんたは他に好いている奴がいるのか?」


信号が赤になって、斎藤さんの綺麗な藍色が私を射抜く。


「……え?」

「だから、他に想っている男がいるのか、と聞いている」


斎藤さんは表情も崩さず大真面目に私に問う。

なんで、そんな発想になるんだ…。
表情にあまり出さない彼の考えていることが全く読み取れなくて困惑する。
というか、そもそも…


「斎藤さんこそ、他にも遅くまで残業してる女性社員はたくさんいるのに、なんで私を送って下さるんですか?」


最初からずっと疑問に思っていてなぜかずっと聞けなかったこと。
わけのわからない会話が続いたせいで、つい口をついて出てしまった。

元々、同じ部署でもなく、同期でもなく、ほとんど話をしたことすら無かった。
斎藤さんは営業部で、私は設計部。
営業さんは外回りが多いし、設計部の私は期日に追われているときはパソコンと睨めっこ。
接点なんて、全然なかったのに。
ただ、私の方は女性人気が高い斎藤さんの存在は当然知っていたけれど。
こんな目立たない私を、どういうわけかあの日、斎藤さんが気にかけてくれた。
締め切りに間に合わず、毎度のことながら残業していて、煮詰まってきたから少し頭を冷やそうと給湯室に向かったときに、たまたま斎藤さんもそこで休憩していたのだった。

それで、いつもこんなに遅いのかと問われて、
まあ普通だから、そうですねーなんて言っていたら。
危ないからこれからは俺が家まで送ってやる、と。

断ってもあまりに頑固なものだから、
正直疲れていたし、甘えてしまおうと思ったのだった…。

そして、気付いたら半年も甘えたままの状態に…。





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