いつも、仕事帰りに自宅まで送ってくれる優しい男がいる。
自分は車だから、と。
断っても、同じ方向だし、女一人での夜道は危険だ、というのだ。
最初は、あんたも男だろ…と思ったが、確かに送ってもらっているこの半年、彼は本当に自宅に送ることしかしなかった。
正直、他の女性社員からの彼の人気は凄まじい。
確かに顔立ちは整っているし、真面目そうだし、普通にいい人である。
だが、こんな如何にもモテそうな男が、なぜ私のような平凡な女を送る気になったのだろうか…
甚だ疑問である。
だが、私は決意をしていた。
半年も送ってもらっていて今さらかと思われるかもしれないけれど、私はこの送迎を今日で最後にしようと考えているのだ。
やはり、本人は気付いていないかもしれないけど、彼はとにかくモテるわけで。
みんなの斎藤さん、という感じで。
女性陣からの、抜け駆けは許さないという視線がとても怖いわけで。
この半年、このことが公にならないように必死に隠してきたつもりだった。
だけど、そろそろもう限界。
女性陣の間で、斎藤さんが助手席に女を乗せてるところを見たと噂になったのだ。
そんなこと、もしも私だと知れたら
もう私はこの会社で生きていけない…。
確かに、斎藤さんは本当に送るだけで下心とか無さそうだし、カッコいいし、単純に車で送ってもらうと体力的にも楽だから助かっていたのだけれど。
こうなったら背に腹は代えられない。的な。
金無し、男無し、色気無しの悲しい独身女の私は、そう簡単に会社を辞めるわけにはいかないのだ。
意を決して、運転席でハンドルを握り前を向く斎藤さんの横顔をチラリと覗き見る。
「…なんだ。」
「えっ?…あ、いや…」
「言いたいことがある顔をしている。」
私は思わずため息をついた。
そうだった。
この人に隠し事は通用しない。
なんていうか、何でも見透かされてるような気がするんだよね。
こうなったら、もうちゃんと言わなきゃ。
「あの、私、今さらかもしれないけど、もうそろそろ元の電車通勤に戻したいなっていうか…」
「何故」
やっぱりはっきりと言えずにグダグダと話を切り出してみると、斎藤さんは即座に短く返してきた。
その言葉と同時に、彼の整った片眉がわずかに動く。
まるで、予想外のことを言われたような表情だ。
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