お頼み申す!!
黒紫の切り揃えられた腰の位置まである髪を、深緋(こきあけ)色のねじり棒で耳の下で二つに結い上げた女は紫紺の瞳を揺らしていた。
女の名前は名字 名前といった。
名字は様々な場所を彷徨ったのか、上質そうな薄黄色の着物の裾には汚れがあった。
今日は真選組に入隊するための試験日だったのだ。
入隊前からこのような事では先が思いやられる、背中に背負ったお気に入りの大太刀が責め立てるように重く感じられる。いつも通っているかぶき町が、どこか遠い星に感じるほどだった。
途中旧友の何でも屋に行ったが、「あんな場所に行くんじゃありません。」と屯所の場所を頑なに教えてくれなかった。
町を歩けば隊士の一人や二人ぐらいいるだろうと思ったが、今日に限っては誰もいなかった。
むしゃくしゃしてきて気分を晴らそうとコンビニでジュースを買おうとした時だった。ふわりと優し気な石鹸の香りの後に、つーんとしたうんこの臭いが微かに横を通り過ぎた。
気になりそちらに向くと、コンビニから出ようとする真選組の人が見えた。取りかけた商品を少々乱暴に戻し、そのあとを急いで追う。
「ま、まってください!真選組の人!」
声に気づいたのか、のそりと立ち止まりこちらを向いた。
覇気のない瞳をしていたが、こちらの話はしっかり聞いてくれるような感じはした。いい人そうだ。
「あの、今日そちらで入隊試験受ける者なのですが、お恥ずかしながら屯所の場所を存じ上げてなくって。よろしければ案内していただけませんでしょうか?」
「………」
「あのう、屯所に行きたいので連れて行ってくれませんか?」
「……」
「お願いです、連れて行ってください!」
「…」
なんだこの人、こちらがこんなに懇切丁寧にお願いしてるのに一言も返さない上にわたわたしやがって。そう思う名字はだんだん苛立ち始めた。
それに対し目の前の隊士はもっとおどおどし、挙句には顔まで青ざめてきた。
ブチリ、何かが切れた。
「なめとんのか!!!屯所へ連れてけやァァアア!!!!!!」
「!!!!!!」
瞳孔をかっぴらき隊士の顔に、自分の顔を近づけた。
隊士は顔を赤らめさせ後ろに三歩ほど退き、頭をすごい勢いで振り頷いた。
「わァ!ありがとうございます!!よろしく…!ってどこいくんじゃァアア!!!」
隊士は名字の謝辞を聞く事なく早足でその場を去ろうとする。名字はそのあとを着物が崩れないよう足早に追いかけた。
「てめぇどういうつもりだ!!弄んだのか!??私を!!!!許さないですよ!!」
追いかけている間もキャンキャンと吠え続けたが、ある場所まで近づくと怒号もピタリと止んだ。
屯所だ。
言いようもない感動を受け、さっきのうんこの人はここへ案内するつもりで歩いていたのだと気づいた。
特殊バカの集まりと旧友の下で働いている眼鏡が言ってたような気がする。でも、眼鏡は口もないしまずしゃべらないので気のせいにした。
うんこの人にお礼を言わねば!と思い回りを見渡したがどこにもおらず、まぁ入隊してからでいいかと思い大きく息を吸い込み声を張り上げた。
「お頼み申す!!!!!」
屯所の門はガタガタと音を立てて揺れ、松の木は震え、中では物が落ちる音などが響いた。
騒がしいところだなぁっと、ポツリとこぼした。
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