隊長ー…。
「隊長ー…。」
スッと戸を開けると先程までいた斉藤は不在で、代わりにいつも書いている帳面があった。
内偵日記帳。
キョロキョロと辺りを見渡し手に取る。
これをずっと使い続けているのか帳面はとても草臥れていて、紙は黄ばんでいた。
パラリと中を開く。
何とも言えない背徳感。罪悪感と探求心が入り混じりドクドクと好奇心を掻き立てる。
そこには日々の活動の記録や、一日の流れなどが書かれていた。
ある日はこうだ、夜に物音がすると行って食堂へ行ったらマヨネーズを啜っている冷蔵庫の私物化の隊規違反者やら、夜間の食堂利用の隊規違反者……これは殺人犯では。あと、全裸の……理解したくない。
まともな上司がいないな。あと、斉藤はこれを見逃せる器量の大きさというより、無視の技量は高い。
パラパラと捲っていくと私が入隊してきた日の事が綴られていた。
『〇月〇日 今日はコンビニの厠から出てくる所を呼び止められたZ。屯所までの道案内を頼まれたが、私は喋れない。それが気に入らなかったのか少女はガンを飛ばしてきたZ。顔が近く久々に目を人と合わせる、恥ずかしくなって早足になってしまったZ。その少女は入隊希望だという。それも隊士で。三十人抜きが試験のようで、三十人目を私が相手したZ。とても力強い剣撃で、正直少し手が痛いZ。持久力に難があるようだが、あれほどの判断力と攻撃力は真選組の副官クラスと言える。もしかしたら、私も危なかったかもしれないZ。途中目の前で帯が外れたのにはとても驚いたが、それより少女が崩れ落ち目を覚まさないが心配だZ。大丈夫なのだろZZZZZZZZ。』
寝た、この人寝たよ。
何でZを締めに持ってくるんだろう。
またページを捲る。
『〇月〇日 少女が三日目にして意識を取り戻したZ。心配だったので人が引いたあと少女の部屋に様子を見に行ったZ。少女の名前は名字名前と言うらしいZ。名字さんは一番隊に入るとの事だったが、私がいないと分かると三番隊に入隊したいと言ってきたZ。局長と副長が決めた事に私が意見できるわけがない。しかし、名字さんは私に期待を込めた目で頼んでくるZ。ついに私は処理しきれなくなり、転寝をしてしまったZ。突然体に走る衝撃に目を覚ましたら、私に抱き着いてくる名字さん。一体何が起こったか分からないが、彼女が我隊の一員になることが決まったらしいZ。彼女はとても強い、きっと素晴らしい隊士にZZZZZZZ。』
次を捲っても三番隊の隊員の成長記録や、課題点、小さい隊規違反者の事も綴られていた。
『〇月〇日 三番隊からまた、裏切り者が出たZ。友達になれるかもと思い引き抜いたが、またもこの剣で斬ることになるとは。その事件の捜査で、名字さんはボロボロになって帰ってきたZ。彼女を発見したとき顔にも腕にも、殴られたあとや切り傷、挫傷が見受けられたZ。女性の体に傷を負わせてしまったZ。任務とはいえ、傷が出来た名字さんを見て悔しさがつのったZ。彼女を強く止めていたら起こらなかったこと。それに薬を使われていると聞いたZ。それさえ無ければ名字さんは強烈な大太刀の一撃を、普段の力で発揮し検挙することができただろう。彼女に合わせる顔がないZ。裏切り者の始末はしたが、私の心は一向によくならない。寝込む彼女を見て早く良くなってほしいと思っZZZZZZZ。』
『〇月〇日 漸く名字さんが目を覚ましたZ。屯所の雰囲気が明るくなったように感じたZ。私は彼女に小言を言うつもりで部屋に行ったが、彼女の痛々しい傷痕を見ると何も言葉が出なかったZ。私を見て笑顔を向けてくれる名字さん。その笑顔に敬愛の念が込められているのが良くわかる。その気持ちが今は逆に辛いZ。彼女を見ていられなくなり何も言わずに部屋を出たZ。チラリとまた彼女を見るととても辛そうな顔をしていたZ。やはり無理をしていたのだろう。本当に申し訳なZZZZZZZ。』
ポタリ、ポタリと涙が日記帳に滴る。
墨で書かれた文字は名字の涙でじわりじわりと灰色になって溶けていく。
灰色になった文字は紙に溶け、文字の一部を消し去った。
パタリと手元の日記帳を取られた。
後ろには斉藤が眉をひそめて立っていた。
開け放たれた障子戸から入ってくる空気は、酷く冷たく体が動かなくなった。
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