思春期も晩年
 思春期が過ぎ去る瞬間に気づける人間は珍しい。たいていの人間は情緒不安定の時代がいつのまにか過ぎ去っていることに後から驚く。あの暗くじめじめして汗の匂いがする、鬱屈とした万能感に満たされた時代がいつのまにか終わり、自分が『正常な』人間になっていることにあとから気づく。驚く。そして少し安堵する。自分もまともな大人になれたのだと。あの頃どうしたってそうなることが信じられなかった愚かで愚図で真面目な、つまり寛容で謙虚で真面目な大人になることができたのだと安堵する。大人になれれば社会的な意味で食いっぱぐれることなく生きていけるからだ。思春期も晩年、誰もが思っている。『自分はまともな大人になれないかもしれない』。まだ目覚めきっていない。幼いルサンチマンと自分以外すべてを殺すことと引き替えの万能感から。でももう気づいている。この怒りを抱えたままでは生きていけない。幸せになれない。この世界で、幸せになることができない。はやく大人にならなければ。大人になって、怒りと折り合いをつけることを覚えて幸せにならなければ。幸せにならなければ。
 具体的に年齢で言うと何歳頃がリミットか?何歳までに思春期を抜け出せたと実感できれば手遅れにならず人並みに幸せになれるのだろうか。少年期は確実に終わっている。自分の中の正体不明の怒りだけではなく、もっと外へ目を向けて。どんな学校へ進学してどんなキャンパスライフを楽しみたいかとか、夏には海へ行くこととか、同級生のシャツの裾からのぞく素肌とか。ルサンチマンに掛かり切りになってはいけない。そういうのが美徳になるのは14歳までと決まっている。俺が今決めた。14歳を過ぎたら、自分で怒りとの共存の仕方を探して幸せにならなくては。誰も幸せになんかしてくれない。
 自分は人より怒りっぽい人間なのかもしれない。俺がやっとそう自覚したのは15歳のときだ。その瞬間は高校の入学式であり、同じ新入生の顔面に拳を入れた瞬間でもあり、手首の骨まで響く軟骨の潰れる感触に吐き気を催した瞬間でもあった。つい、カッとなって。もはや慣用句。もはや季語。もはや軽犯罪者の時候の挨拶。グリーンの靴ひも。蛍光グリーンの靴ひもで、しかも片方解けていた。スラックスの裾も長すぎて。踏まれた裾がほつれてほこりで汚れていて。そんなヤツに目があった瞬間舌をチロチロ出して挑発されて、カッとならないやつこそ人の心を持っていない可能性がある。でも厳かな新入生の座る列を一列二列ほど飛び越えて拳を入れた瞬間きづいた。もしかして、ここまで怒ることじゃなかったんじゃないかって。冷静に認識した瞬間世界は温度を反転させ一気に広くなる。これは俺の世界なんかじゃない。俺が世界の一部だ。そしてその世界で俺の怒りは明らかに異質だ。明らかに浮いている。怒りほど客観的に眺めてはいけない感情もない。自分の鼻の軟骨がそっくりに潰れるのを感じながら思った。さらば、さらば。精一杯センチメンタルに飾りたててみたけど要するに中二病との別れの始まりだった。
 靴ひもの奴がその気になって殴り返してくれるような奴だったから助かった。道徳的な悲鳴の溢れる中で俺たちはぐちゃぐちゃにもつれ合い、殴り合い、存分に踏みつけあい、双方が鼻血を出したので、引き離されても俺だけが悪者にならずに済んだ。怒りの自覚の代償は反省文と一週間の謹慎とぐずぐずと鼻血を詰まらす鼻だった。ヤンキーが蛍光グリーンのだらしない靴ひもというありのままの姿で入学式に参加できるような学校だったのも大いに救いとなった。つまり入学早々謹慎になることがまれに見る大事件というわけでもなく、生徒用のトイレにタバコの燃えさしが落ちていて、誰が何週間サボろうが誰もいちいち気にも止めないような。謹慎を食らったくらいでは有名にはなれない。入学式で騒いだくらいでは顔も覚えられない。有象無象の一人に過ぎない。理不尽でちっぽけな怒りを失い始めた俺は、誰にも怒りを期待されることも強要されることもなく、入学式で見せた情熱とは正反対の高校生活を送ることを許された。その後は謹慎を食らうこともない。喫煙疑惑で何度か反省文は書いたけど。


 そして高校生活最後の秋だった。最後の秋ったって、三回しかないものに最後のありがたみもクソもないような気がするけれど。運動会もないし。どこぞの世紀末から世界線を越えてきたような先輩たちが卒業し、このそれこそ世紀末っぽい学校のヒエラルキーに君臨してからはや半年が経ったけれど、屋上には行かない。だってこのヤンキーばっかの学校でヤンキーと呼ばれるようなヤンキーがたむろしてんだもん。言うなればヤンキー・プレミアム、こわさしかない。それに屋上はヤンキー・プレミアムがたむろすると教職員陣ももちろん把握しているので、タバコなんかすぐバレてしまうのだった。ちなみにヤンキー・プレミアム陣はタバコを吸わないものが多い。理由を聞くと「体が資本だからな」って輝く笑顔で答えてくれたのは入学式で鼻を折り合った仲の溝口くんだ。すこやかヤンキーである。
 タバコを吸うなら多少日当たりが悪くともこの廃教室のベランダのほうがいい。その昔、伝説のヤンキー二人が女性を巡って果たし合いをしたあげく負けを悟った片方がこのベランダから飛び降り、勝ち残ったヤンキーにより埋葬されたという噂があるせいか誰も近寄らないし、守衛さんも守衛室からちょっと離れた旧校舎の最上階のいちばん奥にあるこの教室まで見回るのは自主休業して久しいようだし、見渡す限りの田んぼに面してて静かだし。うんこ座りしてたわわに実った田んぼを眺めながら一服していると、おなかへった、とか、よく燃えそう、とか取り留めもないことが頭に浮かんで心安らぐ。

「笹井くん、どこで喧嘩してきたの」

 背後から静寂にぬるりと切り込んで、声の主の指が俺の頬を突いた。頬骨をなぞって目尻に近い部分を突かれたときが一番痛んだ。もう青タンも治りかけて黄色くなってる頃合いだと思うんだけど。

「喧嘩なんかしねーし。俺クッソ雑魚いじゃん、死んじゃうから」
「確かに。じゃ、勝てない喧嘩売買してボッコボコにされたんか…クソダサ…」
「いやいやいや絶対負けるから喧嘩しないって、言ってんじゃん、ねえ」

 胸を張ってする言い訳じゃねえだろ、とケラケラ笑いながら、衛は俺の隣に尻を付けて座った。狭くもないのに「詰めろ」とケツアタックされて、うんこ座りで安定に欠く俺はあっさりコロリと転ばされる。ふざけんな。起きあがれないだるま状態の俺を見下ろして衛は心底楽しそうに笑った。ふざけんな。「ちょっとサド」とかじゃない、こいつはただただ性格が悪い。

「最近ハルくん生傷絶えないイメージあるわ」
「イメージが世紀末すぎる。てか自分こそ顔腫れてますけど?」
「振られた。またヤリ捨てられた。しかも殴られた。怒っていいよね」

 ぎゃははって。まったく堪えていない突き抜けた笑顔で。男で彼女と別れるたびに「ヤリ捨てられた」と主張するのもコイツくらいなもんだろう。そのくらい、衛の彼女は回転率が早い。そのノウハウをどこぞの飲食チェーン店なんかに有料で提供して一儲けを真剣に検討する時期だと思う。なまじ顔がいいので週一で告白されるのは当たり前だが最初のセックスを済ませる頃には振られる。毎回そのパターン。それを「またヤリ捨てられた」と主張しているわけだが、ここまでくると逆に気になる。いったいどんなセックスをしてるんだ。すげえイヤだけど、男友達のセックスがすげえ気になるとかすげえイヤだけど。

「でもハルくん似合うな青タン。目でかいし」

 なんだその反応に困る誉め言葉は。目でかいと青タン似合うもんなの?姉ちゃんも目でかいし目がでかいのはホントだけど。コイツは、俺のことを「ハル」と呼ぶ。俺の下の名前が「ユキハル」だから。普通ユキハルって名前なら「ユキ」のほうを呼び名に採用しそうなもんだけど、なんのことはない、ちょうど衛が俺の呼び名を考えるような時期につき合っていた女子が「ユキちゃん」だったから。カブっているという理由で俺のほうは「ハル」が採用されただけだ。もしもそのとき衛がつき合っていたのが「ハルちゃん」だったら俺は順当にユキだったわけだ。どちらにせよそのユキちゃんにも衛は三日でヤリ捨てられているわけだけど。つうかピンポイントすぎるだろうが、タイミングが。

「目でかいといえばハルくん姉だわ、ハルくん姉とつき合おっかな、優しそうだし、ヤリ捨てとか絶対しないタイプだよな」
「は?何言って、殺すよ?ていうか、は?人妻だし、え?は?殺すよ?何言ってんのマジで殺すよ?」
「うわ、このキョドり方マジもんのシスコンだわ、悪夢」

 お前をお義兄さんと呼ぶほうが悪夢だわ、マジで死ね、とか思いつつ。衛は察しがいいというか、人が話したくなさそうな話題をわざわざ話させようと思うほど人に興味がないタイプなんで、青タンから話そらそうとしたんだろうけど。
 逸れてない。一ミリも話題逸れてねーよ、まもちゃん。

「タバコ一本くれ」
「いーよ、キャスターだけど」
「俺メンソールしか吸えないって知ってるよねハルくん」
「だからヤリ捨てられんだよこのインポが」
「フッフッフッ」

 ののしられた衛がブキミに笑う。あ、これちょっと怒ってるときの笑い方ですわ、インポはさすがに怒るか、しらねーけど。重く実った田んぼを背景にキャスターの煙が流れていく。衛に撫でられた青タンがじくじくと痛む。そんな高校最後の秋の午後。
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