01
ある日の買い物帰り、通り道である公園を歩いていると女性が黒いスーツに身を包んだ男性達に護られていた。女性は品の良さそうな身なりで、どこかのご令嬢のように見える。
綺麗な女性と屈強なボディガードが二人という構図はまるでドラマのようでつい見入っていると、一人がこちらを見た。
長身で坊主頭に金髪の鶏のようなトサカ。どこからどう見てもそっちのお方です本当にありがとうございました。
……ど、どうしよう。お互いに目を逸らさず睨み合っている状態が続いている。相手はサングラスをかけているから私を見ているかは定かじゃないけど、何となく緊張する。こんなにジロジロと見るのは失礼とわかっていても、何故か彼から目が離せない。
長く続くかのように思えた緊張感を最初に崩したのは相手だった。どうやら依頼人の女性は先に歩いていたらしく、もう一人のボディガードに呼ばれてさっさと向こうへ行ってしまった。
私は金縛りが解けたように安心し、大きく息を吐いた。それはとても長いようで短い時間だった。
「……帰ろう」
買い物袋を握り直し、家路へと足を運ぶ。あの特徴的なボディガードの姿がしばらく目に焼きついて離れなかった。
***
夜、私はコンビニへ行った。
風呂上りには炭酸が飲みたくなるのだが、冷蔵庫を開けるとお目当てのものはどこにもなかった。昼間の買い物の時に買っておけばよかったと後悔しつつコンビニへ足をすすめる。どうしても飲みたくて我慢できないという瞬間は誰にでもあると思う。
飲み物コーナーで炭酸飲料を手に取りレジに向かうも、途中のお菓子コーナーが目に入ってきて足を止めた。うっ……美味しそうなお菓子が私を誘ってくる。新商品とか期間限定に弱いんだよね。でもダメダメ、夜のお菓子は危険なんだから。最近はお腹のお肉がちょっと気になってきたし。
と思っていながらも自然とお菓子に手が伸びてしまう。その時、隣に居た人も手を伸ばしていたらしく、指先がぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ………………ぅッ!」
謝りつつ相手の顔を見ると、昼間のボディガードがそこに居た。
サングラスを外していたのでバッチリと目が合ってしまった。
私は一瞬で心臓が凍りつき、飲み物を買ってすぐにでも帰ろうと決意。
……するが、あまりにも怖くて一歩も動けない私。
そんな私を何故かジーッと見てくる相手。
うう、目つきがとても怖いです。
無駄に心臓がドクドクと脈を打つがそれはトキメキなどと甘いものではなく、さながらサバンナでライオンに狙われている獲物の気分だった。
またも長く続くかと思われた緊張感だがしかし、その人はすぐに背中を向けて雑誌コーナーへ行ってしまった。
私は昼間のように、安堵のため息を吐いてお菓子を手に取りレジへと向かった。うん、お菓子には負けました。
――あの人、どこかで会ったことあるかな?ううん、ない。
初対面なはずだけど、どうしてあの人はやたら私を見てくるんだろう。
変に意識しても、どうせいつかは忘れる存在。通行人Aみたいなものだ。忘れよう。
会計を済ませてからコンビニを出て、暗い夜道を1人で歩いて行く。
すると、後ろから誰かが走ってくる音がした。
ジョギングでもしている人だろうか……いや違う、ジョギングにしては足音が速すぎる。
しかし私が何かしらの対策を考える暇もなく、突如背後から誰かに布で口元を塞がれた。
「ッ!?」
後ろ手に押さえつけられて逃げる事が出来ない。
呼吸をした瞬間、私は気を失った。
――何だか頭が重い。
どうしてたんだっけ、私……。
確か炭酸が飲みたくなって、コンビニに行って……。
少しずつ意識が戻ってくる。
そうだ……私は突然、後ろから誰かに襲われて……
「ハッ!」
勢いよく目覚めればそこは見知らぬ部屋。
薄暗くはあるが、どこかマンションの一室のようだった。
「お目覚めかい? お嬢さん」
「あなたはっ……!」
私の目の前に現れたのは、昼間とさっきのコンビニで見かけたあの男性。
黒いスーツでビシっと決めて、私の前にしゃがみこんだ。
そのヤンキー座りが外見と絶妙にマッチしていて非常に恐ろしいです。
逃げようと体を起こそうとするが、思うように動かない。
気付けば私はベッドの脚の部分に縄で縛り付けられていた。
ん…………んん!? 縄!?
もしかしてこれは誘拐というものでしょうか。
どうしようなにこれどうしよう。
怖いとかそれ以前に、頭の中が真っ白だ!
「お嬢さん、アンタ……今日の昼間にも会ったよな」
「ひっ……!?」
男は手を伸ばして私の頬に触れた。
何をされるのかわからなくて、ただ私は恐怖で震える事しか出来ない。
そもそもどうして私は彼に誘拐されたのかもわからない。
「な、何で……! どうして……!?」
「どうして? お嬢さん、身に覚えがないのかい?」
どうしよう、私は知らない間にこの人に何かを失礼をしてしまったのだろうか。
必死に今日の記憶を遡るけど何か危害を加えた覚えは全くもってない。
過去の知り合いの顔を必死に思い出すけど、この人は見覚えが本当に全く無い。
どう考えたって、今日が初対面のはず。
そんな困惑している私を見て、男はニヤリと口角を上げた。
私はそのたった一つの動作にも怯えてしまう。
「苗字 名前。俺を覚えているか?」
「……?」
「昼間、会っただろ?」
「あ、はい……公園で女性のボディーガードをされていた方ですよね?」
昼間の事なら私はちゃんと覚えている。
「そうだ。さっきもコンビニで会ったよな?」
「は、はい……」
「ヨシ」
ヨ、ヨシ……って……?
確かに、先ほどもコンビニで会った。
そして2回とも睨まれ続けて私の心が凍てついた記憶くらいならある。
それよりも気になるのは…
「どうして私の名前を知って……」
私は彼の名前を知らないのに。
「名前だけじゃねえさ、名前。4丁目の1Kアパートに1人暮らし、青系が好き、好きなキャラクターはトノサマン、知人は少ない、流行には疎い」
「へ……」
「ぬいぐるみ集めが好きでベッドの上にもいくつか置いてある。フィギュアも置いてあるな、あと」
「ま、ま、待ってください!! 最初に教えて下さい!」
「何だ?」
全部、当たっている。住所も好みも趣味も。
だからこそ疑問が生まれる。
「私達、今日が初対面ですよね?」
「ああ、そうだ」
やっぱり初対面だ。
ということは、やっぱり昼間か夜の間に恨みを買った?
「私、あなたに何か失礼なことをしましたか? もしそうでしたら本当にすみませんでした。東京湾に沈めるのはどうか……」
「おいおい、そんな事するわけねえだろ!」
この線でもない。
……あまり信じられないのだけれども、もしかすると。
「じゃあ……ストーカー、ですか……?」
後に思いつくのはそれくらいだった。
しかしそんな私をあざ笑うかのように男は吐き捨てた。
「……ストーカー? そんなチッセェもんじゃねえさ」
ストーカーでもなければ、一体どんな関係が私とあるのだろうか。
チッチッチと指を振り、そのまま私に指を差した。
不敵な笑顔で私を見つめる名前も知らない男が言った。
「アンタ、俺に恋してるだろ」
…………。
……………………は?
思いがけない言葉に私は頭が真っ白になった。
「俺の心を奪った罪は重いぜ? だが安心しな、しっかり幸せにしてやる」
どうしよう。変な人だ。確実に。
あなたの心を奪った覚えも、私の心を奪われた覚えもありませんが。
今までの話の流れと空気がまるっきり変わってしまい、もう頭の回転が追いつかない。
張り詰めていた緊張感はガラガラと音を立てて崩れ落ち、私は少しずつ平静を取り戻した。
そして緊張が解けすぎてあまりにもやる気のなくなった私は彼に告げるのだった。
「とりあえず家に帰してくれませんか」
(20120316 修正20160727)
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Smotherd mate