あらすじ…ストーカー見参! 変態は遅れてやってくる!
09
「怖かっただろう、名前。安心しろ! 俺が来たからにはもう大丈夫だ!」
「あ、は、はあ……」
何だろう……社長に変な事をされなかったのは良かったけど、場違いな馬乃介さんのテンションが緊迫とした空気を粉々にしている気がする。
「何や貴様ああああ!!」
「夫だこらあああああ!!」
社長の罵声に負けじと大声で返す馬乃介さん。
いやですから、夫じゃないです。せっかく解いた誤解を再び招くのはやめて下さい。
鹿羽さんはお茶でも淹れに行っているのだろうか、社長室のドアは閉まっていて姿はどこにも見当たらなかった。
「ニイちゃん、何の用や? 融資の相談か? それとも散歩中に道でも迷ってもうたんか?」
「そんなんじゃねえよ。だがなゼニトラ、アンタにゃいい話だぜ?」
「ほお……そらとっておきのええ話なんやろなあ」
社長は再び椅子に腰を掛け、足をどかっと机の上に乗せた。
「……ほな聞かしてもらおうか!!」
「ああ、俺は名前の借金の肩代わりをしに来た!」
「何やと!!?」
「何ですって!?」
私と社長の驚愕した声が重なった。
どういう事!?
話の意図が全く見えない私は馬乃介さんに問い詰める。
「ど、どういう事ですか一体! そもそも、どうしてこの場所が……いえ、どうして私が借金をしていると……! しかもそれを肩代わりって、何を考えているんですか! というか仕事は!?」
「オイオイ、質問は1つずつだろう? チェスと同じさ」
「いいから答えて下さい!」
「まったく、とんだオーバーロードだぜ…」
「い・い・か・ら!!」
マイペースに話しだす馬乃介さんを急かさずには居られなかった。
一体全体、何がどうなっているのか。
「まず1つ目、朝から名前を尾行していたからすぐに見つけたぜ……金融会社『カエソーゼ』」
「『カリヨーゼ』です。というか堂々とストーカー発言しないでください!」
「ああ、愛の力は偉大だぜ」
突っ込む気にもなれないので次の回答を待つことにした。
「次に2つ目と3つ目……俺は苗字名前の借金を肩代わりする。これは俺個人が決めたことだ。断固として揺らぐ気はねえ」
「ど、どこで私が借金をしていると知ったんですか!?」
「名前に盗聴器を付けていた。話は全部聞かせてもらったぜ!」
「アンタ何してんですかあああぁー!!!」
私は全身全霊ありったけの気持ちを込めて叫んだ。
どこに着けられていたのか気になり自分の体や服の内側を探るが一向に見つからない。
「そして4つ目……仕事は休んだ!」
「どこまでも駄目な社会人ですねアナタって人は!!!」
呆れて笑いがこみ上げてきた。
でも何故だろうか、こうして馬乃介さんにツッコミを入れていると、緊張感が抜けてどこか安心する。
いつの間にか、私はいつもの調子で馬乃介さんに接していた。
「アホンダラアアアァァァァアアアアァァアアアアアァァァ!!」
バン!! と強く机を叩き、社長は立ち上がって借用書を馬乃介さんに投げ付けた。
突然の怒鳴り声に驚いた私は跳ね上がってしまった。
「いくらあると思うてんねん! しめて1000万や! そないな金、貴様に払えるんかゴラアアアアアァ!!」
激昂する社長に、馬乃介さんは決して怯まない。
それどころかいつにも増して堂々としている。
「払ったら名前はもうここで働かなくていいんだな?」
「……ええで! 金さえあれば用はないんや!」
「本当だろうな! 払ったら働く必要はねえんだな!?」
「しつこい男やで、男に二言はあらへん! まあ、払えるんやったらの話やけどなあ!」
意地悪く言う社長。
しかし馬乃介さんは物怖じせずに言い放った。
「払えるに決まってんだろうが!!」
「なっ………!! ほ、ほお……ニイちゃん、職業はなんや?」
「内藤馬乃介、ボディガードだ。それぐらいは稼いでるぜ?」
余裕の表情を崩さずに馬乃介さんは胸を張って答える。
「ニイちゃん、威勢だけはええのう……やけどな、これ名前ちゃんの借金てほんまに思うてるんか?」
「……どういう事だ?」
「や、やめてください……!」
「黙っとれボケェ!!」
「ひッ!」
その話は昨夜、社長が馬乃介さんにしようとした内容。
私が触れられたくない部分。
「1000万もこんな若い嬢ちゃんが使うわけあらへんよなあ…これはな、こいつの両親の借金や!」
誰にも教えたくなかった。
誰にも知られたくなかった。
「何……!?」
「名前ちゃんの両親はな、こんだけの借金を作って娘に丸投げして夜逃げしたんや! 可哀想な話やの〜……」
可哀想なんて微塵も思っていないくせに。
人の不幸を蜜のように味わい尽くす、どこまでも汚い、酷い人だ。
それでも私は……ここで働き続けるしかない。
「せやからワイは借金のカタに名前ちゃんをここで働かせて、仕事を与えてやっているんや。感謝して欲しいもんやで。ここまでしてあげてるんや。すでに名前ちゃんの人生は全部ワイのもんや……全部な」
「…………」
馬乃介さんは何も言わない。
私の境遇のあまりの酷さに言葉を失ったに違いない。
私は両親共々貶された気がして、恥ずかしくて、今すぐこの場から消えてしまいたかった。
「名前ちゃんは一生ワイの下に居続ける、いや、ワイが居なければ生きていけへん! なあ名前ちゃん!?」
「は、はい……」
心臓が締め付けられそうになり呼吸が苦しい。
それでもやっと声を絞り出して私は返事をした。
「ワハハハハ! 大丈夫やで、一生ワイが面倒見てやるさかい! ワーッハッハッハ!」
「……」
歯を食いしばり、私は目頭が熱くなるのを感じた。
「……ざけんな……」
「そんな赤の他人の為に金をドブに捨てることないやろ。さっさと帰り、出口は向こうや」
「ふざけんな。全然笑えねえよ」
「なっ……」
低い馬乃介さんの声が響く。
怒っている。確かに彼は今、静かに怒りをあらわにしている。
「おい名前。今の話は本当か?」
私の方へ向いて両肩をグッと掴んでくる。
私は目の前の馬乃介さんを直視出来ず、ギュッと結んだ口を開く。
「…………はい……」
「アンタの両親が借金を作って、アンタに押し付けて、アンタを独り置いて行ったのか?」
「……はい……そう、です……」
「そうか……」
目に涙が滲む。知られたくなかった、私が親に捨てられた子だなんて。
馬乃介さんは私から手を離し、足元に落ちた借用書を拾ってそれを読む。
きっと本当にこれで、私に嫌気がさしたのだろう。
今まで結婚だの恋人だの夫だのと言ってきた馬乃介さんだけど、流石に愛想も餅も尽き果てたに違いない。
そもそも私の会社まで来ること自体、私には奇跡同然だった。
「……馬乃介さん、返して下さい」
私は馬乃介さんに手を伸ばす。
しかし馬乃介さんは返す素振りなど微塵も見せない。
ただじっとその紙を見ていた。
やがて歩き出し、社長の前で止まった。
そして借用書を社長の机に強く叩きつけた。
「なら安心したぜ……この1000万、全部俺が肩代わりしてやる!!」
(20130115 修正20160727)
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Smotherd mate