あらすじ…私の両親が作った借金を馬乃介さんが肩代わりするとかなんとか。
10
「本気か、ニイちゃん……」
「ああ、俺は本気だ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
話の決着がついてしまいそうな空気を割り込むように私は発言した。
「ま、馬乃介さん、冗談もそこまでにしてください! これは私個人の問題ですよ! それに、会って間もない人間の為に1000万も払うなんて馬鹿げてます! 考え直して下さい!」
「会って間もない……? なんや、夫どころか友人ですらないんか?」
呆れながらもニタニタと笑う社長。
しかし馬乃介さんは真剣な表情を崩さずに言い切った。
「俺は名前を愛している。愛に時間は関係ない! そして俺はいずれ、名前と結婚する!」
け、け、結婚ンんんんん!?
何を言ってるのこの人おおぉ!!
私は耳まで熱くなるのを感じて、顔を両手で押さえた。
「そして名前も俺を愛している!」
「それは違います!」
「俺たちは運命という赤い糸で結ばれているんだ!」
「そんな糸は見えませんしあったら切ります!」
馬乃介さんが私の借金を肩代わりするなんて、とんでもない。
例え収入が多かろうと私を愛していようと、多額の借金に間違いないし、馬乃介さんが肩代わりをする義理も義務もない。
全部自分で返すつもりだった。
誰かに押し付けるつもりなんて全くなかった。
それなのに、私が借金を背負っていると知った瞬間、周りから人は居なくなってしまった。
「まあまあ、ワイはどっちにしろこの1000万をキッチリ払って貰えればええんや」
「おう、払ってやるさ」
だから私はずっと独りだった。
「クチだけやないやろなあ……」
「払うって言ってんだろうが」
親にさえ捨てられた。
「もしウソ抜かし寄ったら、名前ちゃんを今度こそ好きにさせてもらうで! ええんか!」
誰も信じられなくなっていた。
「俺は嘘や冗談なんて言わねえ」
信じることに疲れ果てていた。
「連帯保証人になった挙句トンズラしたら地の果てまで追い詰めてボテくりこかしまわしてさらにコレシバき倒したるでワレエエエェッ!!」
けど、それでも今は馬乃介さんを、
「おいおい何言ってんだいアンタ……」
「ああ!?」
「愛した女の為に男が言ってんだ、本気に決まってんだろうが!!」
信じたいと思った。
「ぐッ……! ニ、ニイちゃん……アンタには負けたわ……」
社長は観念したのか、再び椅子に腰をかけた。
更新用の書類を社長が出すと、馬乃介さんは迷わずにサインをして判子も押した。
随分準備がいいと思っていたら『いつでも婚姻届けを出せるようにな!』といい笑顔で答えられた。
……正直、流れで婚姻届を出しても良いかもしれないと、ほんの少しだけ思ってしまった。
問題の渦中に居たはずの私など、もはや他人のように事は進められた。
馬乃介さんは軽く放心状態の私を引っ張って社長室を出て行った。
そうして私たちはカリヨーゼを後にした。
馬乃介さんは私の手を握ったまま、黙って歩き続ける。
最初に沈黙を破ったのは私。
「その……馬乃介さん。どうしてあんな事を……? 私の事、嫌いになったはずでは……?」
背中を向けて歩く馬乃介さんに、恐る恐る質問をした。
すると、私の手を握る力が少しだけ強くなった。
「嫌いになるわけねえだろ」
「だ、だって……昨日はあっさりと出て行ったじゃないですか……」
「そりゃアンタ、頭に血が上っちまってる奴とまともな話なんか出来ねえだろ。互いに頭を冷やそうと思ったわけさ」
「けど借金を丸ごと肩代わりなんて……!」
「いずれアンタは俺の嫁になるんだ。嫁の借金は俺の借金だ」
またそんな事を言って……。
でも、馬乃介さんはそれが本気なんだ。
「……つまり、私は馬乃介さんに買われたという事になるんですね?」
そう言うと、馬乃介さんは私の手を離して肩を強く掴んだ。
馬乃介さんの手はかすかに震えていた。
わかってる。自分でも最低な事を言っていると。
「今まであの会社で馬鹿みたいに働いて、それでもいつかは返済出来るだろうと頑張ってきたんです。それなのに横から急に現れたあなたが、今まで稼いできたお金を平然と差し出して、借金が一気に無くなる。それでおしまいなんて、あるわけないじゃないですか……。私を縛り付けるのが、あの会社から馬乃介さんに移った。ただそれだけです」
「…………」
「……私の今までの頑張りって何だったんですかね……!」
馬乃介さんが肩から手を話した瞬間、殴られる、と思って目を瞑った。
しかし予想とは裏腹に、私は馬乃介さんに抱きしめられていた。
でも今は何も感じない。
「どうしていつもみたいに拒否しない」
「……出来るわけないじゃないですか。借金を肩代わりしてくれた、恩人を……」
「俺はそういうつもりで借金の肩代わりをしたんじゃない! アンタの負担を無くしたかっただけだ!」
私の負担を、無くす?
「でもそれは、本当は私じゃなくて親の……」
「だからこそだ。若くして1000万もの借金を作っている人間なら問題だが、アンタの親なら話は別だ。アンタが背負い込む問題じゃねえ。アンタは…」
「尚更じゃないですか…私の親の借金なんて馬乃介さんには関係ないじゃないですか…!」
「俺も両親が居ねえ」
「!!」
馬乃介さんの言葉に私は驚いた。
そんな素振り、まったく見せなかったのに。
「小さい頃から施設で育った。だから……なんつーか、ゼニトラの話を聞いた時にプツンて来ちまったんだよな」
「馬乃介さん……」
「アンタを1人にしたくねえ、守りてえ、傍に居てやりてえって……改めて心の底から強く思ったんだ」
そこまで考えて馬乃介さんは私の借金を肩代わりしてくれたんだと思うと、涙が溢れてくる。
私だって理不尽な人生に悩まされていた。
何度も悩んで、悩んで、悩んだ末に諦めたのに、諦めてないフリをしていたんだ。
「どうして……昨日会ったばかりの人間の借金を背負おうとなんてしてくれるんですか……! 私は赤の他人なんですよ……あなたを裏切るかもしれないんですよ…!?」
ぽろりと、温かい涙が瞳から零れた。
それを馬乃介さんが人差し指ですくう。
「アンタはそんな事しないさ」
「な、なんで……」
「アンタだって逃げようとすれば逃げられたはずだ。それなのに、自分1人で背負い込んでんだ。そんな責任感ある人間が簡単に人を裏切るわけねえさ」
ぽろぽろと涙が溢れだして止まらない。
馬乃介さんの温もりが優しくてたまらない。
「そして一番の理由がある」
「何ですか……?」
「アンタ、俺が怒鳴り込みに来た時に名前で呼んでくれただろ? 嬉しかったんだ」
そんな…………。
たったそんな事で、ここまでしてくれたの……?
「……だからって……馬鹿じゃないですか……!?」
「構わん。どうせ死ぬまでに使い切れん。だったら愛した女の為に使うさ」
悔しいけれど、きっとこの人は今、世界で一番かっこいい。
もしこれで、本当に私があなたを好きにならなかったら、どうするつもりなんですか?
「じゃあ……私はどうすればいいんですか……?」
「今までとは違う様に、自由に生きりゃいい。アンタの人生だ。だが約束した通り最後まで付き合ってもらうぜ?」
「……それだけですか?」
「フツーに生きてくって大層なことだぜ。返事は?」
「……はい」
「そうだ、それでいい」
私が返事をすると、ニッと歯を見せて馬乃介さんは笑った。
「本当に……とんでもない人……」
馬乃介さんに釣られて私も笑ってしまった。
もっと知りたい、彼のことを。
「へへっやっと笑ったな。それでいいんだ、名前」
「馬乃介さん……」
「アンタはそうやって笑っていりゃいい」
「……ありがとうございます……」
笑顔でお礼を言うと、馬乃介さんは優しく私の顎を持ち上げた。
そして近づいてくる馬乃介さんの顔。
「名前……」
「えっ……」
これはまさしく、キス。
「だ、駄目です!!」
「ぶへッ!」
私は馬乃介さんの顔を必死に押しのけて拒絶した。
その後にやってしまった、と後悔。
恩人の方になんて事をしてしまったんだろう。
しかし私の不安など吹き飛ばすように馬乃介さんは笑った。
「ごごごめんなさい! 私、何てことを……で、でもその、あの、キ、キキキ、キスは初めてなんです……! だ、だから……!」
「そうだぜ、名前! それでこそ落としがいがあるってもんだ!」
私の失礼な態度を物ともせず、馬乃介さんは不敵に笑った。
どうしよう、ちゃんと……をした方が良かったのかな。
で、でも、まだ心の準備が出来てないし、そもそも恋人同士でも無いし、けど、馬乃介さんは恩人だし……!
「ほら帰るぞ」
そう混乱していると、馬乃介さんが私に手を伸ばした。
私は思い切って、馬乃介さんの腕を両手で掴んで…
「うおっ!?」
思い切り引き寄せる。
そしてバランスを崩した馬乃介さんの頬にすかさず口づけをした。
「エっ、なッ、あっ……んなッ!?」
「お、お礼にはなりませんが、その、ほ、ほっぺになら……えっと……!!」
「…………!!?」
状況をうまく飲み込めていない様子の馬乃介さんは思いっきり顔を真っ赤にしてそのまま倒れてしまった。
「ま、馬乃介さん!? 馬乃介さーん!!」
私は倒れこんだ馬乃介さんを揺さぶって声を掛けるが、一向に起きる気配はない。
しかし、顔はとても幸せそうだった。
誰かに助けてもらえる事があるなんて夢にも思わなかった。
誰かが傍に居てくれる事があるなんて夢にも思わなかった。
誰かを信じられる日が来るなんて夢にも思わなかった。
…少しだけなら、あなたに心を開いて良いと思った。
(20130320 修正20160727)
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Smotherd mate