緑谷の容態が気がかりだった禄は保健室までやってきたが、室内の会話に扉を開ける事を躊躇った。



「入学間もないってのにもう三度目だよ!?何で止めてやらなかったオールマイト!!!」
「申し訳ございませんリカバリーガール……」
「私に謝ってどうするの!?」



怒りを顕わにしたリカバリーガールの声は、少し大きかった。扉から離れた角に居る禄まで確実に聴こえていた。



「疲労困憊の上、昨日の今日だ!いくら軽減させる秘薬を用いたって、一気に治癒してやれない!」
「……邪神くんですか」
「あの子を責めてやらないでおくんな」
「兆候はありませんでしたか?」
「大丈夫だよ」
「そう、ですか……」



オールマイトは胸を撫で下ろし、強張った表情から力を抜いた。そんな様子を横目でリカバリーガールは穏やかな顔つきになるが、それも一瞬の事。再び険しい形相でオールマイトへの処断へ戻った。



「応急手当はしたから。点滴 全部入ったら日をまたいで少しずつ活性化してくしかないさね! 全く……“力”を渡した愛弟子だからって甘やかすんじゃないよ!」
「返す言葉もありません……。彼の気持ちを汲んでやりたいと……躊躇しました。して…その…」



反省の色を見せながらうなじ辺りに手を置き謝るが、困った表情をした。



「あまり大きな声でワン・フォー・オールのことを話すのはどうか……」
「あーはいはい。ナチュラルボーンヒーロー様。平和の象徴様」
「この姿と怪我の件は雄英の教師側(一部のプロ)には周知の事実!ですが“個性”の件はあなたと校長、邪神くんそして親しき友人。あとはこの緑谷少年のみの秘密なのです」
「トップであぐらをかいてたいってわけじゃないだろうがさ。そんなに大事かね“ナチュラルボーンヒーロー”“平和の象徴”」
「いなくなれば超人社会は悪に勾引かされます」



禄は上履きの汚れていないつま先に視線を落としながら、静かに息を溢した。



「これはこの“力”を持った者の責任なのです!!」
「………。それなら尚更。導く立場ってのをちゃんと学びんさい!!あの子のような結末なんざ二度と御免だよ!!」



リカバリーガールの言葉に、オールマイトは止めを刺されたかのように、左胸を服の上から掴んだ。
本当に返す言葉などないのか、それとも何も言葉が出ないのか。長いようで短い時間の流れが、空間を漂う。誰もが次の言葉を待っていた。けれど、それを遮ったのは紛れもない当事者だった。



『しっつれぃしまーす!出久くんの容態はどうですか?』
「邪神くん!」



名を呼ばれても彼女は立ち止らず。扉を後ろ手で閉めてから緑谷が眠る寝台へ行き様子を窺っていた。着るはずもなかった雄英の制服姿に、リカバリーガールは言葉を呑みこむ。それが彼女の意志なのだと悟ったからだ。何事もなかったようにリカバリーガールは禄に声をかける。



「あんた授業は?」
『あ、サボっちゃいました』
「まったく。なにやってるんだい。また怒られるんじゃないかい?」
『あーそれ有り得ますね。消去先生はそこのところ厳しいですから』
「相澤先生だよ。して、校長との交渉は済んだのかい?」
『はい。無事に成立しました』
「うん? 交渉?」



事の経緯を蚊帳の外で見守っていたオールマイトは聴き慣れない不穏な単語に反応をしめし、間に入る。振り返る彼女は悪戯っ子の顔をして笑っていた。



『融がシステム内部に外部から侵入して、先程の授業の記録をダビングした件です』
「そんなことしたの!!?」
『リプレイしたいって言ったじゃないですか』
「いやてっきりカメラでも仕込んでいたのかと……いや!犯罪じゃないか!」
『まあまあ。落ち着いてください。血圧上がりますよ』
「私はまだ更年期じゃない」
『テストプレイですよ。雄英のシステム状況を探るために校長と話し合って本日決行したんですけど、あっさり侵入出来てしまったので、近々システム強化を行うよう交渉してたんです』
「蕾くんか」
『あいつこういうの得意だから。その件で交渉をしてましてね……まあ金銭で多少白熱しましたが、こちらの要求を呑んでくださったので、暫く安泰ですよ。また武器強化加工をしたいとかで材料が酷く高くて――』



雰囲気を変える為なのか、重々しい空気が晴れやかに雲散していく。オールマイトは遺産を見つめながら目を細めた。一歩ずつ近づき、彼女の目の前に立ち。その頭を優しく撫でる。まるで子供をあやす様な手つきで大きな掌が禄の頭を覆う。
突然の行為に目を瞬かせるが、それでも彼女はその手を退かす事はしなかった。



「轟少年が君の事を疑っているんだって?」
『記憶の操作とかしていいですかね?』
「駄目に決まってるでしょう。それより彼の前でなるべく言動は控えるように。さっき素だったでしょう?蹴り入れた部分から」
『……さて、最後の授業くらい出ますかね』
「待て待て。爆豪少年にもちょっかい出したって噂を聴いたんだけど?」
『……じゃあ私。授業に遅れちゃうんで行ってきます!』
「邪神くん」



保健室の扉の前で呼び止められる。禄は振り返るとオールマイトの瞳が真っ直ぐ彼女を捉えた。



「約束してくれないか。もう……私に内緒で“個性”を遣わないでくれ」



その約束事を護るとは一言も発せずに、彼女は虚像な微笑みを浮かべて保健室から去って行った。



◆◆◆




放課後の教室は授業の講評について話し合うため、大半の生徒が残っていた。
だが、爆豪は皆の引きとめも虚しく教室からひとり出て行く。その後姿に誰もが声をかけれないでいた。それは彼が声をかけたところで立ち止まってくれるとは、誰もが思えなかったからだ。そこまでの影響力をまだ持ち合わせていないのだと。
そこへ緑谷が保健室から戻ってきたのだろう。治療は施されているが完治には至っていない様子に麗日が心配げに声をかけるが、緑谷は周囲を見渡す。きっとお目当ての人物がいないのだろう。麗日に尋ねると、緑谷は来た道を逆走するように廊下を駆けだした。そんな様子をクラスメイト達は「どうした?」と疑問を浮かべる中、禄も立ち上がり教室から出て行こうとした背中を梅雨に呼び止められる。



「あら禄ちゃんも帰るの?」
『ごめん。先生に呼びだされているので』
「そうなの?相澤先生からそんな事一言も聴いた憶えないけど」
『……じゃあ!』



呼び声も疎かに彼女は廊下を駆けだし、教室を後にした。廊下の窓から観えたのひとりで歩く爆豪の背に必死で声をかける緑谷の姿だった。
彼女は廊下の角まで行き、窓を開けそこから短縮として躊躇なく飛び降りた。一度宙返りをしてから地面に着地する。その際音を消した。校舎の壁つたいに身を隠しながら、緑谷と爆豪の会話を観ていた。



「これだけは君には言わなきゃいけないと思って…!人から授かった“個性”なんだ」



緑谷は秘密にしなければならない事項を軽々しくも、重く口元を動かし続ける。
爆豪はそれに対して何も言わずに立ち止まり、身体を緑谷の方へ向けていた。



「誰からかは絶対に言えない!言わない……でもコミックみたいな話だけど本当で……!」
「……!?」
「おまけにまだろくに扱えもしなくて……、全然モノに出来てない状態の“借り物”で……!だから…使わず君に勝とうとした!けど結局勝てなくてソレに頼った!僕はまだまだで……!!だから――」



爆豪の怒りは頂点まで来ていた。いつ爆発してもおかしくはないそんなところまで…来ていたけれど。



「いつかちゃんと自分のモノにして“僕の力”で君を越えるよ」



騙していたんじゃないと、それを告げるためにここまで走って、引きとめて、話をしていたのに緑谷はいつの間にか、爆豪に宣言していた。互いに間の抜けた表情をしている。けれど、影から様子を窺っていた禄は、かすかに微笑みを浮かべていた。



「何だそりゃ…?借りモノ…?わけわかんねえ事言って…これ以上コケにしてどうするつもりだ……なあ!?」



爆豪の纏う空気がかわる。完全に緑谷の方へ向き、互いに正面から衝突する。



「だからなんだ!?今日…俺はてめェに負けた!!!そんだけだろうが!そんだけ……氷の奴見てっ!敵わねえんじゃって思っちまった……!!」



爆豪の脳裏に横切る轟の姿。だが同時に中学の頃に邂逅した少女からの畏怖が彼の中で蘇り、更なる激情に呑みこまれていく。それは彼にとって何より大切な感情だったのかもしれない。



「クソ!!! ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった…クソが!!! クッソ!!! なあ!! てめェもだ…!デク!!」



行き迷う感情の矛先は彼の拳に集中し、力が籠る。



「こっからだ!!俺は…!!こっから…いいか!? 俺はここで一番になってやる!!!」



きっと彼の出発地点はここからなのだと告げるばかりに。緑谷も爆豪の激情を見つめていた。
身体を翻し、爆豪は今度こそ振り返らずに、やっぱり告げるのだ。



「俺に勝つなんて二度とねえからな!!クソが!!」



感情の逃げ場が涙となって、彼の決意の表れとなり、これから先の彼の将来を大きく揺るがす大切な役割となるのだ。きっとこの二人は互いを切磋琢磨しあえる、互いの影響に効果を及ぼす。大切な幼馴染なのだろう。事の行く末をただ黙って傍観していた禄はふぅと息を溢した。
途中オールマイトがやってきて何やら教師らしい雄弁を語っているが、それは無用なのだと諭され、教師という難しい立場に挫折しそうな勢いで落ち込んでいる。

『さて』と壁から背を離し、今日の所は邪魔をせず裏門から帰ろうと黍しを返した瞬間、視界に肌色が映り相手の肩に顎をぶつけてしまう。思わずよろめいた身体を支えようと相手が彼女の腕を掴み力を込めて引き寄せた。顎を抑えながら目を開けると至近距離に左右色違いの瞳と遭遇する。



『……お』
「悪い。驚かせちまった」
『お、お……』
「……大丈夫か、顎」



予想していなかった人物の登場に一度思考は停止したが、何とか持ち直し『コホン』と咳払いをしてから誤魔化すように微妙に口角を上げた。



『やあ、驚きくん。まったく君には驚かせられますね』
「洒落でも言ってるのか?ちなみに轟だ」
『……すいません』
「……別にいい。慣れた」



あまり見られたくない状態だったようで、禄は珍しいくらい慌てていた。落ち着きはらった彼女から想像もつかないその態度に数日しか見ていない轟自身も、少なからず拍子を抜かしていた。
顎から手が離れ、ぶつけた箇所が赤くなっているのを見つけると、轟は躊躇なく彼女に顎に親指を滑らせた。



「熱もってるな。冷やすか?」
『あ、いや…大した傷でもないので、大丈夫…っす』
「だがお前、女だろ?」



その言葉に、禄は動きを静止させた。聴き慣れない語彙だった。薄く開いた唇を震わせながら彼女は轟を見つめる。轟は視線に気がつき瞳を合わせたが、はっとした。碧眼の淡い色味がゆらりと揺らめく度に、波紋する水面を連想させる。そこに熱が加えられ、轟の心臓は一気に忙しなく活動を始めた。顎に乗せた手を除けて「悪い」とその手を自身の口元へ持っていく。
『いえ』と短く返すが禄も中々に動揺を隠せていなかった。困ったように眉を寄せて地面ばかりを見つめる禄の姿を映しながら、轟は考える前に口をついていた。



「行くぞ」
『はぁい?』
「コンビニだ」
『え……何故?です』
「ッ、お前が言ったんだろ……!」
『……あ。アレですか。でもあれは別にっ』
「奢ってやるから、約束だろ」



授業中に言った発言は、特別な意味などなかった。彼女は真摯に受け止めなくてもと口にする、その前に轟は彼女の思ったよりも細い手首を掴み校門へと歩き出した。
『あ、ちょ!』という制止の声をあげるが、轟の耳には鼓動ばかりが占領していて何も届いていなかった。強い力に引きずられているが、縄抜けと同じ方法で抜けようと行動に移す彼女の動きを無意識に先読みしたのか、轟は右手から個性を発動させ、彼女の手首を凍らせていた。構えや発動の意思などが一切窺えなかったために行動が遅れ、彼女はまんまと抜け出せない手錠をかけられてしまう。

いつの間にか緑谷とすれ違っていた。



「禄さん?!」
『あ、出久くん!あ、そのこれはっ』



混乱する脳内のまま彼女は緑谷に言い訳を口しようとするが、轟の歩行速度が上がり引き離されていく。『あ』と遠ざかっていく禄に、緑谷は手を振ってこう言った。



「また明日!」
『……また、明日……』



反復するみたいに彼女は緑谷の言葉を復唱した。轟は視線を後ろへやり彼女の解けた表情が映り込めば、また更に速度を上げて引きずるように学校を背にした。



青春できるじゃん……主人公!って思ったら私を褒めてください←←
不意打ちに弱い主。原作通りって…大変ですね。主に台詞。


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