ヒーロー基礎学。
ヒーロー学科には必ずカリキュラムに組み込まれている事項。
英雄になるべくための段階の一歩として基礎を施す実践を交えた講習でもある。英雄の卵たちを導くための一つなのだが、既に免許を取得し、ヒーローとして活躍している。次世代のヒーローとも謳われる、歌姫には無用の講義。
だが、今は一生徒として受けなければならない……けれど現在は欠席中であった。



「さて。屋内戦闘実践をするためにペアを決める」



講師である、オールマイトの掛け声のもと。各々がくじを引いていく。
21名ということで、一人余るのだが。本日は一人事情により欠席をしているため現在席を空けている禄がこの実践訓練に参加しなければならなくなっていた。
ペアが余った人物こそが、彼女が引くべきはずだったくじという事になる。



「余った子はいるかい?」



そう訊ねると、挙手が見えた。運がいいのか悪いのか、禄と組むことになった不運幸運の持ち主は………。



◆◆◆




『届きました?』
「届いているよ」



保健室に顔を出した禄。
まだ制服姿のままだ。本日は基礎学に参加するためコスチュームに着替えなければならないのだが、彼女のコスチュームは専属の者が居るため、個別に依頼形式とした。
故に進行が少し遅れてしまったため、彼女は本日届いたばかりのものを着用するため届け先を保健室のリカバリーガールに指定した。
三つのベッドのうちの一つに入りカーテンを閉めて、袋から衣服を取り出し袖を通し始める。



「あの子も元気そうで何よりだよ。相変わらずあんたの後ろばかり着いて回ってるみたいだね」
『じゃあ届けに来たの融なんですか?』
「そうだよ。ついでにお菓子を貰ってね、料理上手だね」
『そうですね。遂には私の母の味になりそうで恐いですよ』
「はははは、それほど長く一緒に居るってことさ。大切にしてやんなさい」



カーテンを開け放ち、くるりと振り返ったリカバリーガールから直接ピアスを受け取る。
禄の格好は動きやすいパンツスタイルだ。Divaのときはアイドルコスチュームのためスカートなどの女の子らしいファンシーな衣装を身に纏うことが多いが、今回は真逆に本来の性格に合うようなコスチュームとなっているようだ。
耳に予め空いていた穴に針を通しルビーのピアスを挿しているとリカバリーガールが忠告をする。



「いいかい。無理は禁物だよ。あの個性を発動するときは制限を越えないようにするんだよ」
『わかってますよ。なるべく使用しませんから』



フードコートの隙間から腰ベルトに装着されている短刀のような形状をしている物に触れて歯を覗かせた。



『こいつがあるんで大丈夫ですよ』



じゃあ、と背を向けて背中越しに手を振った。外套が鮮やかに翻り颯爽と去る姿はさながら異国の王子とも呼べる出で立ちに「やれやれ」と首を左右に振っていた。



◆◆◆




『遅くなりました』



やや駆け足で実技場に入場し生徒たちが集まるモニタールームに到着した禄。
最初の組だった緑谷・麗日ペアと爆豪・飯田ペアの模擬戦闘は終了してしまっていた。
彼女は内心残念がる様子で項垂れているが、一応講師であるオールマイトの隣りまで行き来た事を告げた。



「体調は万全かい?」
『大丈夫ですって』
「そうか。なら早速で申し訳ないが次は君の番だ」
『え、もうですか?出久くんの雄姿をリプレイしたかったんですけど』
「え、撮ってたの?相変わらずだね君は…ほら君のペアの子がもう会場に居るから行っておいで」



背中を押される形で面白くなさそうに、彼女は次なる会場へ向った。
そう遠くない場所だったためすぐに目的地到着する。彼女はヒーロー役のためビル外にペアがいると踏み、後姿を見つけ駆けつけるが、音で振り返った相手は思わず『げっ』と本音が出るほどの相手だった。



「ご挨拶だな」
『好奇心の猛獣』
「俺の事そんな風に視てたんだな。ちなみに轟だ」
『……えっと、轟くん。もしかして…ペアの方ですか』
「そうだ」



腕を組み塀に腰掛ながら轟少年は、禄を見つめた。
席替え事件の再来とも言える気まずさを肌に感じるが、授業の一環。仕事の一部。嫌な相手であろうと苦手な相手であろうとそんなものは、関係がない。
暗示をかけつつ手を差し出した。



『よろしくお願いします』
「……ああ」



少し目を見張るが、轟は伸ばされた手に重ねた。



「俺のこと嫌いなんじゃねえの」
『嫌いというか詮索する相手はあまり好まないと思いますね』
「……正論だな」
『君が何も訊かないのなら、問題はないですよ』
「意外だ」



手を離し轟は彼女に見取り図を手渡す。
受け取り位置把握を始めた。そんな禄の横顔を轟は目を盗んで視線を投げていた。



「概要の説明はいるか?」
『いえ、大丈夫です。私たちは目的の核を抑えるか、敵を抑えるかのどちらかで勝利、なんですよね』
「ああ、そうだ。だが…俺はこんな茶番に付き合う気はねえから。下がってろ」



実技が開始される。その合図が鳴り響いた。
だが、轟は禄を置いて先に建物内部に入っていく。まるで一人で制圧できると言わんばかりの態度だった。見取り図をくしゃりと丸めた禄は壁に触れようとする轟目掛けて走り出し、その背中のシャツにくっきりと足跡をつけるような強烈な足蹴りをかました。
廊下を滑るように吹き飛ばされた轟は驚きのあまり受け身もろくに取れていなかった。
砂埃が上がり床に手をついた轟の目の前に立つなり、見下ろしたその瞳は身震いがするほど冷徹だった。



『黙れや』
「…は」
『甘く視るのも大概にしろ糞ガキ』



胸倉を掴まれて半ば無理矢理立たされる轟。腕を掴むがまるでピクりとも動かない。



―――個性を発動させているのに、凍らねえ……!



驚愕する瞳で彼女を映しこむ。薄暗い建物内で視る彼女の瞳は冷血にも残忍な閃光のように火花が散っていた。畏怖を感じた轟が大人しくなると、禄はゆっくりと地面に立たせてから掴んだ手を離した。
そして何事もなかったかのように普段から見せている笑みを浮かべた。



『これは訓練。今からペアの方と連携が取れないのは些か問題ものですよ。君も英雄になりたいのなら学びなさい』
「……おま、えは、一体……」
『あ、こおりくん』
「轟だ」
『相手チームの拠点この真上ですよ。いっちょ派手に宜しくお願いします』



親指を立ててグットラックなんかやられても、今までの雰囲気にはまるで合わない。



「何でわかるんだ」
『それは…女の勘って奴ですよ』
「真面目に答えろ」
『じゃあ、もし当たっていたら帰りにコンビニスイーツ奢ってください。本日から新発売のが販売されるんです。よろしくお願いします』
「おい、俺の質問に答え……はあ、もういい」



言動が前後しながらも、轟は当初の予定通り
壁に手をつき個性を発動させる。
いい忘れていたと振り返ったが、既に外に出て手を振っている禄を見つけるなり何も言葉には出来なかった。
そして彼女の言ったとおり確保のため向った部屋には核と核を守る生徒がいた。
最早驚くことさえ忘れてしまう。

轟は感じたのだ、桁が違うと。

どの生徒よりも優れている、いや優れすぎている。的確に相手の位置を建物内に入った時点で知り得たということだ。それに個性の発動を制御されたのか、全く歯が立たなかった。女相手に力で敵わないなんてことがあるのか?いや、ないだろう。
規格外だと、轟は建物内部から出て視線の先で優雅に腰掛けて手を振る無邪気に見える少女に唇を噛んだ。



―――こいつ何者なんだ。



一層彼の探究心を煽る結果となってしまったことに、禄はまだ気がつかない。
四人でモニタールームに戻り講評となった際、禄は減点対象となった。
オールマイトの小言から始まる。



「駄目じゃないか。仲間を蹴り飛ばしたら」
『いや、あれは活ですよ』
「なんで体育会系みたいなこと言ってんだ邪神」
「禄ちゃん格好よかったよ!」
『ありがとう紅茶ちゃん』
「もう、お茶子だよ」



オールマイトには注意され、切島と麗日に囲まれて彼女は溶け込む。
そんな姿を横目に奥歯を噛み締め、俯く爆豪の姿があったことをまだ誰も知らない。一人を除いて―――。




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