「すっげーーーー!!」
「USJかよ!!?」



生徒たちは手放しに興奮していた。遊園地のアトラクションのような設備が目の前に広がる光景に喜ぶ辺りはこどもなのだとプロヒーロー達は一様に思った。



「水難事故、土砂災害、火事……エトセトラ。あらゆる事故や災難を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルーム!!」
「USJだった!!」



略しても某遊園地と遜色はないようだ。



「スペースヒーロー{13号}だ!災害救助でめざましい活躍をしている。紳士的なヒーロー!」
「わーーー私好きなの13号!」



緑谷は特有の解説をし、その近くに居た麗日は興奮状態のようで、手をばたつかせていた。緑谷の隣りで欠伸をしながらマフラーに顔を埋める禄は生徒たちは一閃を引いた様子で耳にはめた無線機の調節をしている。



「13号。オールマイトは?ここで待ち合わせるはずだが」
「先輩。それが…通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで。仮眠室で休んでいます」



13号に近寄り相澤が所在を問うが、不合理の極みすぎる回答に息をふきこぼす。
オールマイトが謝罪しながら電話をしてきた姿を容易に想像がついた。
相澤は支給された小型無線機を13号に手渡し、耳に装着するよう促した。意図を読み取ったのか13号は生徒を一瞥しながら禄を見つけるなり首を縦に振る。
念の為の警戒態勢だと相澤は生徒の中に紛れている禄へ目配せを送る。
禄は相澤の視線に無線機をトンと指先でノックをした。



「仕方ない始めるか」
「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」
「増える…」



13号が生徒たちへ身体の向きを変え、相澤は一歩引く。
彼の重き言葉がつらつらと奏でられていく中、鼻提灯でも出しそうな勢いの細めた瞼をしている禄に相澤からの小言が入る。



「(生徒らしく聞け)」
『(寝不足なんで勘弁してくださいよ)』
「(目を閉じるな)」
『(コレ耳ダコなんだけど)』
「(薬には調度いいだろ)」
『(傷口に海水)』



鼻をフンっと鳴らした禄はこめかみ辺りを掻いた。



「君たちの力は人を傷つける為にあるのではない」



13号の泉のような詞に禄はどこか帰郷した様な気持ちを抱いた。
温もりも、やさしさも、彼方の遠島にしたら美談だと錯覚してしまう。人間の都合の善い解釈というのは、強欲だ。
13号の話が終わると、生徒たちから拍手が響き渡った。遅れながらもぱちぱちと禄も贈る。



「そんじゃあまずは………?」



相澤の号令がいい終える前に突然空間が歪んだ。広場らしき場所に設置されている噴水の水が不規則に揺れ始める。その異変に眉を顰めて様子を見ている相澤と無線機に向って囁く禄。彼女の予感は命中した。



『(フェンリル……ちっ。遮断されてる)』



”個性”を発動させた双眸で噴水付近の空間の歪みを見据えながら、相澤へシフトを切り替えた。



『(あと5秒後に来る)』
「(人数は)」
『(多勢無勢?とりま多め。”個性”のバラつきあり、然程強くない三人除いて)』
「(それはつまり、お前の昔のーー)」
『(指揮者と伴奏者は、ね)』
「(そいつは厄介だな。"個性"(へんそう)つかえ)」



その情報を元に相澤の脳内で勝算の確立の低い算段が算出された。



「ひとかたまりになって動くな」
「え?」
「13号!! 生徒を守れ」



ゴーグルをかけ、戦闘態勢に入る。



「(先陣をきる。お前は13号と共に生徒の避難に尽力しろ)」
『(優先はする…が…油断はするなよ。特に、顔面覆ってる奴は)』



13号へ目配せをすると彼もこの通信を中継していたため頷いた。



「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「動くなあれは敵だ!!!!」



切島と緑谷が不意に集団から覗くように一歩でも動かしたつま先を、言及する。



「13号に…イレイザーヘッドですか…。先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが…」



黒霧が漂うように見上げる。
紅蓮のマフラーが風もなく靡く。高台から見下ろす形で禄の視線はある一点にしか向けられていなかった。



「どこだよ…せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ…。オールマイト…平和の象徴…いないなんて…。子どもを殺せば来るのかな?」



それは相手も同様。見上げる形でその紅を視界に捉えれば、顔面を覆う掌の隙間から覗いたその濁った瞳を煌かせた。



「なんだ…そこに居たんだ……みつけたよ、赤ずきんちゃん……!」



◆◆◆




「敵ンン!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」
「先生侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが…!」



切島は相澤の指摘に面を食らっている。八百万はそれを余所に13号の傍までいき流石といわんばかりの着眼点で質疑をするが、それは13号とて行き着いた推察だった。



「現れたのはここだけか学校全体か…。何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうこと出来る”個性”がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数(クラス)が入る時間割…、バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」



轟の推論は正しい。推薦組のふたりは18人の生徒より半歩優れていた。
ここで何も口にせず敵を見据える禄の不穏な態度に轟は眉を顰め、視界から消えぬよう注意を払っている。



「13号避難開始!学校に連絡試せ!センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の”個性”が妨害している可能性もある。上鳴おまえも"個性"で連絡試せ」
「っス!」
「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら"個性"を消すっていっても!! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号!任せたぞ」



緑谷の指摘は的確だ。分析された通り、彼の得意とする戦術は奇襲。あくまで相手の意表をついてからの攻撃に転じるのがセオリーだ。
しかし、そんな悠長なことを進言している場合ではないことを、相澤の経験が警報を鳴らしていた。
本来であるならば、戦闘に優れている禄が先陣をきり、その援護射撃としてイレイザーヘッドという配置が上策。だが、生徒の目が多く禄がたとえ”個性”で変装することが出来ても、彼女の存在について生徒に露見されることになる。緊急事態といえど彼女の存在は極秘。繊細に扱わなければ英雄に傷をつけることになりうり、均衡が崩れてしまう可能性が高い。
消去法でいくしか、この場においての戦略突破口はなかった。



「襲撃隊。いくぞぉ」
「情報じゃ13号とオールマイトだけじゃなかったか!? ありゃ誰だ!?」
「知らねぇ!! が、一人で正面突っ込んでくるとは」



「「「 大まぬけ!!! 」」」



そう、奇襲。相手の個性や戦術を知らないドブの素人相手にまず負けるはずはない。彼の個性で相手の意表をつき、捕縛武器で三人の敵を一網打尽にして戦闘不能に陥れた。



「ばかやろう!! あいつは見ただけで”個性”を消すっつうイレイザーヘッドだ!!」



敵側に戦慄が走り、ざわめく。無名のヒーローだと高を括っていた証拠だ。
次々と敵側を掃討しながら、数や時間を稼ぐイレイザーヘッド。
やや不利な状況に戦場が逆転しつつあるのがおきに召さないのか、ぶつぶつと呟きはじめる敵側の指揮者、死柄木弔。



「肉弾戦も強く…その上ゴーグルで目線を隠されていては{誰を消しているのか}わからない。集団戦においてはそのせいで連携が遅れを取るな…なる程。嫌だなプロヒーロー有象無象じゃ歯が立たない」



首筋をがりがりと掻きながらも視線は上ばかり集中している。その先には紅色が映っていた。
イレイザーヘッドの雄姿を避難を続ける生徒の傍ら緑谷だけが観察していた。



「すごい…! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ」
「分析している場合じゃない! 早く避難を!!」



飯田に促され緑谷も皆の背中を追いかけよと身体の向きを変えた。すると、隣りにずっと居た禄がマフラーを緩めて緑谷に静かな声で話しかけた。



『出久くん。頼みがある』
「禄さん。あ、え…僕に…?」



慌てる緑谷を余所に神妙な顔つきで禄はマフラーを外して緑谷へ手渡した。それを両手で受け取るなり緑谷は不信感を抱く。



『君にしか頼めない……』



白髪の髪が揺れる。碧眼の双眸は緑谷を見つめているが、影が差し込み。普段の彼女から想像もつかないほど、為りを潜めているようだった。
だが、緑谷は違和感を感じながらも、期待どおりの言葉を告げてくれた。



「僕に出来ることなら……!」





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