ひと段落がついた僕は背もたれに圧し掛かり腕を伸ばす。長めの息を吐きだしながら最終テストを自動的に行わせてから冷めた珈琲カップに指を引っかけ喉を潤した。喉が渇いていたことさえも気がつかなかった程集中していたようだ。見上げた視線の先に時計を確認する。文字盤は1時間を経過したことしか告げていなかった。


―――快調だな


投げっぱなしだった小型無線機を耳にはめてからチャンネルを合わせて、声をかけた。



「禄ちゃん。終わったよ」

{ そうか。御苦労さま }

「労いの言葉が貰えるならいくらでも頑張っちゃうよ!」

{ 無駄口ばかり叩くなお前は }

「そっちはどう?平和?」

{ ああ…そうだな }

「そっか。まあ備えあればって奴だし、いずれ近いうちに奴らも顔を出すよ」

{ そうだな }

「ところで―――どちらさまデスカ?」



突然尋ねられて相手は動揺したのか、それとも想定したのか。暫くの間沈黙が流れた。会話をする前から相手が禄ちゃんではないと気がついた。



{ いつから気がついた? }

「いい加減にその声で喋るのやめろよ。お前みたいな奴が禄ちゃんの声質真似るだけで死刑。殺したくなるだろ?勘弁してクダサイ」

{ 相変わらず狂ってんな――融 }

「ッ――!!」



思わずテーブルの上に無造作に置いたカップが床に落ちた。パリン、と割れる音が静寂に響きわたる。相手はその音まで拾えているのか喉を震わせる嫌味な態度で挑発してきた。



{ お前はさ、騙されてんだよ。昔から盲目的に献身的に慕うあの貧乏神サマに }

「…だ、まれ……」

{ 単純馬鹿だからどうせお前はあの女に優しくされただけで総てを受け入れてくれたと、愛してくれたと勘違いしちまったんだよな?? }

「黙れって言ってんだろぉお!」



電流が身体中から溢れ次々と周囲の機械やシステムに誤作動を与え破壊を続けた。
爆発音がするたびに耳元で嘲笑が響き渡る。鼓膜が壊れてしまえと叫ぶ。



「お前だって――ビッチ女にご執心だろうが」

{ !……喧嘩売ってんのかよオレに }

「悲劇のヒロインぶって大した能力も持ち合わせていないのに無い物強請りで挙句の果てに」

{ ―――殺してやるよ、あの女 }

「そんなことしてみろ―――オレがあの女を生まれて来た事を後悔するような殺し方してやる」

{ ……あ、やべ。お前と殺害宣言してる場合じゃなかったわ。んと〜お前のせきゅりてぃ?オレが壊滅させておいたからよ。安心してそこで嘆いてろよバァーカ }



一方的にぷつりと切られオレは焦ってキーボードを叩くと、確かにあいつが言ったように喰い破られていた。



「…ックソ!!」



思いきりモニターに拳をぶつければ一台の液晶が無残に大破した。
こんなことをしている場合じゃない。


―――オレの禄ちゃんが殺されてしまう……!!


近くに置いてあった端末機を取り、試作段階の品を持てる分だけ持ち装備をしていると後ろの扉が遠慮なく開閉された。



「蕾くん助けてくれたまえ!!校長先生の話がっ」
「オールマイト」



オレの背にオールマイトが声をかける。ぐるりと首だけを振り向かせ視界に捉えた。トゥルーフォーム姿のオールマイトが僕を驚いた顔をして見つめていた。



「どうしたんだ蕾くん。まるで敵のような顔をしているよ」
「行かなきゃダメなんだ。オレは……オレが殺さなきゃ。あいつを殺さなきゃダメなんだ。これ以上彼女を妨げるなら殺さなきゃ。禄ちゃんが殺される。ああ、ヤラなくちゃ駄目だ、オレはオレのッ、オレの――!!」
「蕾くん」



両肩をトンっと掴まれてマッスルフォームになったオールマイトが目の前に自信気に笑んだ。



「私はヒーローだ。そして君は一般人。意味がわかるかい?」
「―――ッ禄ちゃんを助けて!!」



僕の脳裏に浮かんだのは……幼いころの君の歯を覗かせた無邪気な笑顔だった。



「蕾青年。私は彼女を助ける。約束する…君はまだやることがあるんじゃないのかい?邪神くんは君のこと信用して託したんじゃないのかな」



オールマイトの言葉に冷静差を取り戻し、僕は頷いた。自分の耳にはめていた無線機をオールマイトに手渡し僕は床に転がる椅子を直し、座る。深呼吸をしてから個性を発動させ機械の半壊を自己再生させ、再びセキュリティーの構築から始めた。



「USJには酷いシステム妨害もされていて中とは交信が出来ません。個性が届かない所為か妨害も酷いです。僕が改良した無線機は外部との連絡は使用できなくなっていると思われます。でも内部にいるもの同士であれば可能です」
「了解した!任せたよ、蕾青年」
「はい」



平和の象徴はその一秒後には現場へ向かって行った。英雄とはなにか、僕はあまり深く考えたことはないが。彼女が密かに憧れていたことだけは知っている……そんな君がなりたかった姿が垣間見えた気がした。



「……最低だな、僕は」





◆◆◆






黒霧の個性によってA組の生徒たちは散り散りにされてしまった。禄も例外なく、倒壊ゾーンへと飛ばされてしまう。崩れた床に着地した彼女の腰に逞しい腕が回され、その腕によって彼女はしっかりと地面に足をつき立っていた。



『爆豪くんありがとう』
「けっ」



腰にあった手はどかされるが爆豪は彼女からあまり離れない距離に留まった。そこへ切島も同じ場所へ飛ばされたのか「おーい!」と集まる。



「邪神大丈夫かよ!」
『目隠しは大丈夫。時間が経てば外れるから』
「……」
『ん?切島くん?』



そっと手を伸ばして宙を掴む彼女の手に切島が慌てて手を繋いだ。



「悪りぃ!なんか邪神から変な敬語が外れたのに驚いてたわ」
『……え、変だった?!』
「すげーへんだったぜ。違和感ありまくり」
『そ、そうだったのか……』



うーん、と悩む禄の姿に切島は笑って少しだけ繋いだ手に力を込めた。



「今の方が断然邪神ぽいぜ!」
『お、おう。そっか。じゃあ敬語外す』
「はえな!対応」
『元から敬語の使い方わからんから』



和やかな空気が流れる中、空を切る音が聴こえ避ける前に肩を抱かれて攻撃をかわした。抱いたのは爆豪のようだ。



「やかましくくっちゃ喋ってる場合じゃねえぞ、モブ共」
「囲まれてるな、邪神は俺たちの後ろにいろよ」



自然と禄を囲うような態勢をとる爆豪と切島の行動に見えなくても音や匂いで把握できる禄は何だかくすぐったい気持に苛まれていた。本来護ってあげる側なのだが、護られる側になっているようだ。先程から援護をしてくれているのも思い出すとプロヒーローとしてはどうなんだろうか、と自己嫌悪に落ち込みたいところだが。多勢に無勢。今は後回しにと反省を追いだし敵との抗戦が幕をあけた。





◆◆◆






倒壊していく場所だけあって爆豪の爆破だけでも建物が揺れた。外壁の落下などが目立つ。それを避けながら切島と爆豪は狭い室内を動きまわり、持ち前のフットワークの軽さを活かした戦闘を繰り広げていた。禄は敵の攻撃を交わしながら隣の個室へと誘うように隠れれば、案の定誘われた敵が数人室内に入ってきた。



「どこだよあの女」
「確か黒霧さんが見つけたら連れ戻せって言ってたよな」
「黒霧さんの女とか?」
「え、それってロリコンじゃん!やだ破廉恥」
「お前の格好で破廉恥って…言葉が腐る」
「オレをディスってる場合かよ」
「死柄木さんの方だろ。ぜってぇー」
「まあ…計画の第二段階に入る前にはあの女を早く捕まえねえとな」



その言葉を訊いた後。禄は室内の扉を閉め数秒の間に最後の発言をしたひとりを残して気絶させた。次に瞬きをしたその敵の眼前にはレイピアを片手に目隠しをされたままの禄が口元に笑みを浮かばせて立っていた。



『やあ敵連合さん。色々と訊きたいことがあるんだけど、教えてくれる?お兄サン』



レイピアが迷うことなく男の頬を滑り真横の壁を崩壊させた。その圧倒的な力を見せられ敵の男は半泣き状態で震える。



「おまっ、おまえ!生徒じゃねえだろ!!目隠しされたまま何でオレの位置が正確にわかんだよ!!お前は何者なんだよ!」
『私が何者かって?そんなのも知らないのか』



一歩ずつ相手に近づいて行きレイピアの切先が男の耳を捕える。目元が視えないというのに男には冷徹な瞳があるように感じた。
耳元で囁かれる地を這うような低い声。触れる吐息の中に隠された言葉に男は息を呑んだ。そして次第に震えは止まらなくなった。



「ぁかず、きぃん」
『おぉ〜正解』
「ウソだろ…だってその名はっ!」



口を閉ざす程優美にほほ笑む女の姿に敵男は口を閉ざし息を呑んだ。



『さて。坊ちゃん(死柄木弔)のゲーム(計画)について教えてよ、お兄サン』





◆◆◆






「これで全部か弱ぇな」
「っし!早く皆を助けに行こうぜ!俺らがここにいることからして皆USJ内にいるだろうし!
攻撃手段少ねぇ奴等が心配だ!」



切島のそんな言葉を聞き流しながら爆豪は周囲を見渡していた。数歩歩きながらもまだ首を左右に巡らせている。そんな爆豪の様子に気掛かりさえ無くし冷静差を介している熱い男切島は尚も爆豪に言い聞かせる。



「俺らが先走った所為で13号先生が後手に回った。先生があのモヤ吸っちまえばこんなことになっていなかったんだ。男として責任取らなきゃ…!」


―――モヤを吸うだ?あれはちげぇ、ゲート野郎を狙ったんじゃねえ…アレは



切島の発言に爆豪は眉を潜めるが再び周囲へ目配せを始める。



「行きてぇなら一人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す!」
「はあ!!?この期に及んでそんなガキみてぇな…それにアイツに攻撃は…」
「うるせぇ!あのゲート野郎は敵の出入口だぞ!いざって時逃げ出せねぇよう元を締めとくんだよ!モヤの対策もねぇわけじゃねぇ…!」



そんな爆豪たちに迫り寄る透明化した敵が叫びながら爆豪の背後を襲う、が。



「ペチャクチャダベりやがって!その油断が…」
「つーか。生徒(おれら)に充てられたのがこんな三下なら大概大丈夫だろ」



返り討ちに合い奇襲は失敗に終わる。



「すげぇ反応速度。つーかそんな冷静な感じだっけ?おめぇ…」
「俺はいつでも冷静だクソ髪やろう!!」
「ああそっちだ」



切島の言葉にけっっと余所を向く爆豪だが歩みは隣の個室へと向き中の様子を隙間から覗く。
そこには内装を傷一つつけずに中心の楕円から外方向へ倒れる敵たちが無残にも横たわっていた。まだ息はあり気絶しているだけのようだが、ほぼ一発で仕留められている。爆豪の瞳は冷静に分析をしつつ捜索を打ちきり、切島に背を向けた。



「じゃあな。行っちまえ」
「待て待て!ダチを信じる…!男らしいぜ爆豪!ノったよおめェに!」



硬化し拳と拳をぶつける熱い男切島に視線を投げるが、爆豪の脳裏には白髪の少女の姿ばかりが散らばっていた。



―――あの女の正体を暴けるかもしれねえ



黒霧を追えば再び巡り会うことを予測しながら爆豪と切島は倒壊ゾーンを後にした。



「そういや邪神は?!」
「あいつならとっくにどっか行った」
「大丈夫なのかよ。邪神は女の子なんだぜ?それにモヤに狙われてたしよ」
「そう簡単にくたばる女じゃねえよ」
「……やっぱ爆豪。おめえ邪神のこと好きだろ」



切島の何気ない一言に爆豪は無駄に個性を発動させた。




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