天才くんと秀才さん

「ムカつく!」


私は一応、秀才と呼ばれる人種だった。テストの順位も成績順位も常にトップで、この正十字学園にだって特待生で、奨学金で通えることになった。学費が高額、超名門と名高いこの学園に、しかも特待生として色んな免除を受けて通えることになるなんて、それはすごく名誉なことで、いっぱい誉めてもらえて、喜んでもらえて、期待されて、頼られて。それは私が結果を出せば出すほど増して、大きく大きく膨らんで。そう、私はまぎれもない秀才だ。でもそれを越すものが存在するってことは、皆さんご存知だろうか。


「何が『98点。俺の勝ちや』じゃ!あのニワトリ男ぉお!」


そう。天才。天才と呼ばれる人種だ。彼らは秀才と違って物を理解するまでの時間がすごく短い。覚えようとしたらすぐに覚えられるだとか、事細かに書かれた解説を見なくともすぐに応用が効いてしまうだとか。努力はあるのかもしれないけど、苦労はないだろう。私はそう確信している。一方私たち秀才は、詰め込んだ知恵を真っ白にしてしまえばただの馬鹿。そう、同じことを何度も反復しながら、やっと理解にたどり着けるのだ。私は秀才の中の秀才で、言いたかないけどいわばガリ勉というやつ。そうやって努力を積み重ねることができるのは一つの才能だと誰かが言ったけど、私だって一発で覚えられるなら覚えたい。そうしたら、やりたいことだって有意義にやれるに違いない。こんなにこんなに勉強しても、どうしても同じクラスのあの天才、京都出身のあの男、勝呂竜士には勝てない。あいつは祓魔塾とかいう変な塾にも通ってるみたいで学校の勉強以外にも勉強することがあるみたいなのに、それに比べて私は学校の勉強だけなのに、私はあいつに勝てたことが一度もない。一度も。そんな私の努力もズタズタのプライドも知っているくせに、あのニワトリ頭は私をいつも馬鹿にしてくる。なあ、本当にムカつくでしょ。トサカむしりとってやろうか。何がこれはソフトモヒカンや!だよ。知らねーよ。


「まあ落ち着けってー。ツバ飛んでんだよ」
「落ち着けるか!だってあいつ鼻で笑いやがったんだぞ。92点?それが何だよって目が言ってたよ目が!」


おーおーよく頑張ったなー。なんて、棒読みで適当な言葉を私にプレゼントしてくれたのはかれこれ3歳くらいからの付き合いのある幼なじみ(オス)で、いわゆる腐れ縁とかいうやつ。小三から中三まで見事にクラスは離れていたのだが、ここにきて感動の再会…ていうか、思春期とかいうやつもあってクラスが離れてた時はそんなに絡みもしなかったから久々に同じクラスになって関係復興。改めてこいつは楽な性格してるよなあとか実感させられた。ちなみにこいつも天才型。でも嫌味じゃないから全然平気。


「つーかあの不良どうしていっつも私にばっか突っ掛かってくるわけ?そうか。私が好きなのか。だからいじめたくなっちゃうんだな」
「俺が知るかよ。それって自意識過剰ー?つーかスグロくん不良じゃねーから」
「うるせー黙れ。あいつ不良だから。あの髪型にあの目付きにあのピアス。ああ恐ろしい。先輩にシメられてしまえばいい。つーかお前勝呂のイントネーションおかしいぞ。マグロの言い方になってるぞ。どっちかというとザクロだろ」
「うっせ。…つーかさあ」
「ん?」
「うしろ」


後ろを指差す幼なじみは、苦笑いを浮かべていた。それは私に向けられていたものじゃなくて、私の後ろにいる何かに向けられているもので、まさかと思った私はすぐに後ろを振りかえる。そこにいたのは勿論


「何やおもろい話しとんなあ」
「マグロォオ!!?」
「勝呂じゃボケ!!お前わざとやろ!」


勝呂。我が天敵、天才秀才勝呂竜士だった。ほらな怖い目付きに金髪ピアス。そしてヒゲ。これを不良と言わずしてなんと言う。不良としか言いようがないだろう。こいつが近くにいたら私の地味さが際立つ。さっさと去っていただきたい。


「何の用だよトサカ」
「負け犬の遠吠えが聞こえたからな。しっかり聞いといたろう思て」
「はあ?負け犬?誰のこと。鶏なら目の前にいるけどね」
「なんやとコラァ!」
「やんのかニワトリ男!」
「誰が鶏や!」
「お前ら本当仲いいな」


どこが!と勝呂とハモった。ほらな。なんて楽しそうに笑う幼馴染みには怒りを通り越して殺意も抱いちゃうような気がする。これが仲良く見えるならお前の目はどうかしてる。俺視力2.0だからとかじゃなくて、なんていうか、ほら、あれよ。視力の問題じゃなくて、その、目がおかしいよもう。ハモってくんなよ!お前がハモってきたんやろ!言い合いはさらに続き、きっとこれはネタが切れようがどちらかが諦めない限りずっと続いてしまうのだろう。早くやめたいけど負けるなんて断固拒否。長くなるかと思ったのか幼馴染みはさっさと別の場所へ移動していた。後で肩パンしてやる。


「ほんとムカつく…」
「誰のことや。あ?」
「あーもう。いいよ私勉強するから邪魔すんな」
「…俺がおったら邪魔なんかい」
「お前も私が邪魔なんだろうがよ」
「そんなわけあるか」
「…は?」
「あ?…あ」


しまった。そんな風に勝呂は片手で口を覆った。そんなわけあるかって、ああ、眼中にないって意味ですかつくづく失礼な奴。唾でも吐いてやりたい気分だけど自重して睨むだけに留めておく。でも、何が恥ずかしいのか勝呂の顔が赤くなりだして、いや、ちょっとキモいわよ。なんて言ったら結構な力で叩かれた。


「いったあ!なに!なんなのまじでなんなの!?」
「じゃかあしい!大体お前が…!」
「私が何だよ!」
「お前が…っ」


言葉は続かない。悔しそうに顔を歪めた勝呂が、ぎちりと歯を噛んでいるのが分かった。ああもうこいつはなにがなんでも私が気に入らないらしい。だって変じゃない。私にばっかこんなつっかかってきて、意味がわからない。だから、私が何。と言葉を急かす。そうして漸く勝呂は、次の言葉を口にした。


「嫌そうな顔しかせえへん」
「…はあ?」
「あいつとおるときとは、えらい違いや」
「いや、え、…は?」


何言っちゃってんのこのニワトリちゃん。思わず口もあんぐりで。視界の端にニタニタと笑う幼馴染みの姿が見えた。あいつって、あいつ?嫌そうな顔って、それはあんたが私に突っかかってくるからじゃないか。


「わ、私のこと馬鹿にするくせに」
「…そうやない、俺は、ただ…」
「ただ、なに」


予想外な展開に私の脳みそはだんだんついていけなくなっていた。勝呂があんまり言葉を焦らすから、無駄に心臓も跳ねはじめてちょっと気持ち悪い。動揺を必死に隠していると、勝呂はすっと視線を下に下げた。


「…お前と、話すきっかけが欲しかっただけや」
「…は、は?」
「でもお前はあいつとばっか喋りよるし、俺のこと見向きもせんやろ」
「いや、え?」
「向いたと思ったらしかめっ面や」
「ちょ、」
「気に入らん。あいつも、お前も」


ちょっと待って、まじでどうしたのこいつ。だだだ大丈夫?熱ある?意識ある?心配して聞いてやったのに、アホか。と呆れたように言われてしまった。どうやら勝呂は大真面目のようで、大真面目なようだけど、事態はついに私の脳みそでは追跡不可能地域まで突入。その先は難関すぎて、私には全く見えない。


「名前」


名前を呼ばれて、ビクッと肩が跳ね上がった。いっつもおいとかお前とかで呼ばれてるから勝呂に名前を呼ばれるのは本当に珍しくて、泳がせていた視線を勝呂に戻すとそいつがほんのり赤い顔で私を見てたもんだから、思わずう、と絞り出したような声が出た。


「お前頭ええんやから、わかるやろ?」


ああわかりませんよ。なんたって私は秀才だから。その答えに辿り着くまでに苦労するんだから。この問題は私には難しすぎていっぱいヒントを貰わなくちゃ、到底解くことはできないですよ。多分、一生かけても。でもね、勘なら、働いています。決定的なものはないけど、これはね、勘。第六感とかいうやつ。


「やきもち、ですか」


返事はなかった。でも赤くなった頬っぺたを見ると、やっぱり正解みたいで。そんなまさか。ようやく理解が出来て、すぐに顔に熱が集中する。おい我が幼馴染みよ、私は別に自意識過剰なわけじゃなかったようですよって、あいつさっきからニヤニヤしてたから、きっと分かってたんだな。さすが、天才。


「つまり、私があいつと仲良くしてんのが、気に入らないと」
「…まあ、言うてしまえば、やけど」
「私と話したいけど、ついつい突っかかっちゃうんだと」
「そう、や…な」
「じ、じゃあ、それは、あの、つまり…?」
「…、言わんぞ」


いや、そんなのもう言ったも同然じゃないか。いつもは強気な勝呂がこんなに可愛らしくなってるのがなんか新鮮で、いつもならゲラゲラ笑ってるんだろうけど状況が状況で、ていうか、普通に今、私ってば緊張してて。ギュッと握りしめた自分の手が、怖いくらいに熱かった。


「わ、わたし馬鹿だから、言ってくれないとわかんない」


それでも何か言い返してやりたいと思うあたり、私って可愛くない性格してるよな。更に顔を真っ赤にした勝呂が、いつもの勝呂とは比べ物にならないくらい別人で、なんか、本当に冗談なんかじゃないんだって思うと、特に悪い気もしなかった。


「す、きや」


悪い気はしないんだけど、それに私はどうやって答えればいいんだろう。再び難題にぶつかってしまいました。



(天才×秀才)
天才の考えることはわかんないよ




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195000hit 駒吉さん
勝呂夢。嫉妬、またはギャグ

嫉妬してる感じを上手く出せてたらいいのですが…。
やっぱ勝呂くんがね、恋愛的な場面になっちゃうと可愛らしいイメージしかありませんむふふ!back