good for nothing

もしも、もしも〜だったなら、そんな仮定の話をしようと思う。
もしも私が落ちこぼれじゃなかったら。なにも成績優秀とまではいかないけれど平凡な、本当に人並みの能力を身に付けていたら、きっとみんなに馬鹿にはされなかっただろうし、もしかしたら友達もできていたかもしれない。そして、用具倉庫に通うことも、なかったのだろう。
もしも私の性格が明るかったなら。それだったらとっくに友達はたくさんできてる。掃除を押し付けられることもないし、片付けを一人ですることもなかった。食満先輩と二人きりになることも、なかったのだろう。
もしも私が学園をやめるなら。私は実家に戻り家業を手伝うことになるだろう。喜ぶ人がでてくるかもしれない。悲しんでくれる人は…どうかな。もしかしたら善法寺先輩が悲しんでくれるかもしれない。そして七松先輩いわく、食満先輩は、安心してくれる。でもきっと、食満先輩とは会えなくなる。
もしも、失礼かもしれないけど本当にもしも、食満先輩が私のことを想ってくれているのなら。私は、私は、きっとすごく嬉しいと思う。それが食満先輩のことが好きだということに繋がるのかは分からないけれど、素直に嬉しいと思う。でもそれ以上に私と食満先輩じゃ、不釣り合いだと思った。


「おー名前!元気そうじゃないか!」


朝になり、善法寺先輩の言った通り七松先輩が見舞いに来てくれた。大雨の中で夜間演習してたというのに七松先輩はピンピンしていてどういう体のつくりをしているのか少し不思議になった。お風呂に入ってきたのか汚れているようには見えなかった。


「お疲れ様小平太。留三郎は?」
「あれ!?さっきまでいたぞ!!よーし私連れ戻してくる!!」


ビュンッと風を切る音が聞こえた。す、すごいな七松先輩は…。あっという間だった。
…食満先輩は、そっか、やっぱり来ないよな。ほっとしたけど、なんか、ああ、寂しいかも。私ってすごい自分勝手だなあ。会いたいのか会いたくないのかも分かんない。布団をきゅっと握りしめると善法寺先輩が私の名前を呼んだ。はい、と小さく返事をしたけれど、先輩の顔を見ることはしなかった。


「留三郎がね、この間『俺ってそんなに怖いか?』って僕に相談してきたんだ」
「…え?」
「誰かに言われたのって聞いたらはぐらかしちゃうんだけどね」
「…は、はあ」
「名前はどう思う?」
「え!?」
「留三郎のこと、怖い?」


そんなこと、私に聞かれても、困り、ます。なんて返事はできない。どうやって答えたらいいんだろう。言葉に迷っていると「そんなに難しく考えなくてもいいんだよ」そう言ってくれて、少し、安心した。


「怖い、です」
「…、うん」
「でも、なんていうか…そうじゃ、ないんです」


最初はすごく怖くて、色んな怖い噂もあるし、でも用具倉庫でお世話になってる内にそんな噂ばっかりの人じゃないんだって、すごく優しい人だって分かって。後輩の子達にもすごく慕われていたし善法寺先輩みたいな優しい笑顔をするし、私なんかのことを助けてくれたし、励ましてくれたし、確かに怖いけどでも今はそれだけじゃなくて、何て言ったらいいかわからないけど、


「素敵な人だなって、思います」


無駄に長ったらしくなって纏まりもなくて色々詰まりながらだったけど善法寺先輩は最後まで頷きながら聞いてくれた。
最後まで言って途端に恥ずかしくなって布団に潜り込みたくなった。穴があったら入りたいな感じで。善法寺先輩のくすくす笑う声が余計に羞恥心を煽る。いや、そんな嫌な笑い方じゃないんだけど。


「もう入っておいでよ二人とも」
「へ?」


そして、まさか予想もしなかった言葉。ガラガラと開いた障子の向こう側にいたのは先程出ていったはずの七松先輩と、顔を真っ赤にした、食満先輩だった。
よかったな留三郎!七松先輩は豪快に笑いながら食満先輩の背中をバシバシ叩いていた。
いや、まさか、有り得ない。もしかしてさっきのやつ、聞かれてしまった…?


「―――…!!!!ぜっ、善法寺先輩!」
「僕のせいじゃないよ。留三郎が入ってこなかっただけだから」


そ、んな屁理屈みたいな。やばい、やばいやばいもうどうしたらいいか分からなくて、とりあえず二人の方は向けなかった。ゴホンッ!と咳払いをしたのは食満先輩で、そんな小さいことなのにびっくりして思わずヒッと情けない声が出た。
こ、こんなの聞いて困ってるんじゃないだろうか。意を決して恐る恐る振り返る。そしてまたびっくりすることに食満先輩は私のすぐそばに腰をおろしていて、今度は声も出ずにひたすら体が熱くなっていくのを感じた。


「苗字」
「はっ、はい…」
「有難う」
「う、ぁ…」
「すげー嬉しい」


ニカリとはにかんだ食満先輩の頬はほんのり赤く、私はなぜか涙が出てきそうになって自分自身に戸惑った。食満先輩が嬉しいって言ってくれて、その言葉がなにかの呪文みたいに私の頭を駆け巡る。たったその一言で、感動してる自分がいた。

さっき、もしもの話をしたけれど、もしも私が落ちこぼれじゃなかったら、もしも私の性格が明るかったなら、もしも私が学園をやめるなら、きっとこんな歯がゆい気持ちにはならなくて、きっと食満先輩ともなんにもなくて、そのもしもが現実になるのかと考えたらすごく勿体無いというか、すごく嫌だなって思う。
もしも、食満先輩が私のこと想っていてくれているなら、私はすごく嬉しいし、それが好きっていう感情になるのかは分からないけど、なんか、それでもいいと思った。
今のままでもいい気がした。嫌なことも多いけど、だって、それが私なんだ、から。培ってきた、ことだから。なんて、それこそ私らしくない考え方だとは思うけど、うん、もう、それでいいや、それがいいや。
外はすっかり晴れていて、空には綺麗すぎるくらい青が広がっていた。



good
for
nothing




「苗字、今度一緒に町に行かねぇか」
「え!?い、いや私っ、そ、その」
「えー!!いいなー!私も行く!」
「小平太、薬草摘みに行くから手伝って」
「あ!善法寺せんぱっ」
「…二人で、どうだ?」
「〜〜…わ、わたしで、よければ…」



そうしてやっと、落ちこぼれの恋が始まるのです。back