気が付くと医務室にいた。
ああ私ってば穴の中で眠っちゃんたんだな。ぼんやりとする視界を右へ、左へ。なんかお腹が重たいなあと思ったら、善法寺先輩が布団越しに頭を乗っけて眠っていた。
「目が覚めましたか?」
「新野先生…」
「災難だったね。こんな天気の中で穴に落ちるなんて」
静かに障子が開かれる。新野先生だった。朗らかな笑顔に幾分、安心する。
雨はもうやんでいて、どんよりとした黒い雲が空を覆っていた。私、いつここに運ばれて、どのくらい眠っていたんだろう。今は、夜、だよね。
ぼーっと考えていたら私の心を読んだみたいに新野先生がその答えを教えてくれた。今は夜中。私が運ばれたのは夕食時で、運んでくれたのは、
「小平太くんだよ」
「そ、うですか。…そう、ですか」
馬鹿だ。何を期待していたんだろう。そこには食満先輩の名前が入るんじゃないかって、思った。そうであってほしかった。そりゃあそうだよあの人は私の救世主じゃない。七松先輩が助けてくれた。嬉しいことじゃないか。後でお礼言わなきゃな。でも、七松先輩もなんか、会うの嫌だなあ。
「っ、ひぐしゅっ」
「風邪を引いたみたいだね。熱はないようだけど暖かくしておいた方がいい」
「ん、あ、あれ、名前、起きたんだ…」
私のまぬけなくしゃみのせいか、私のお腹で寝ていた善法寺先輩が起きた。よかった地味に辛かったから。本人には言えないけれど。
まだ寝惚けているようでふにゃあと締まりのない笑顔を見せてくれた。「大丈夫?」その言葉に私は先輩のような可愛いものではないけれど、へら、と笑って頷いた。
「そっか。夜間演習が終わったら小平太がお見舞いにくるって」
「え!?は、はい…」
そ、そうか七松先輩が来るのか…。心の準備をしておかないと。なんせ逃げちゃったから。でも、うん善法寺先輩がいるならなんとか頑張れるかも、しれない。
「留三郎も呼ぼうか」
「へ!?」
って心の中でひっそり覚悟を決めたのに、善法寺先輩がすごいことを言ってきた。いや、えっと、今なんと仰いましたか。食満先輩を呼ぶ?どこに?ここに?いや、いやいやいや
「無理です!無理!無理無理無理無理!」
「どうして?留三郎も心配してるよ」
「だって…!」
どんな顔して、会えばいいか。
上手く声にならなかった。でも善法寺先輩にはちゃんと届いていたようで、大丈夫、と私の手を握った。
優しい声に、優しい手、優しい表情。私は先輩にどれほど励まされ、癒されてきたことだろう。「きっとそれはあいつも同じだから」私に何も与えないし、奪わない、ただ優しく迎えてくれる、そんな人。そんな先輩を私は尊敬していて、信頼している。
「夜が明けたら帰ってくる。それまで、もうしばらく眠っているといい」
善法寺先輩は精神安定剤みたいだ。そうやって頭を撫でられると、不思議と眠気が襲ってきた。すぐに視界は暗くなって、意識は遠退いていく。
医務室はとても暖かくて、さっきの穴の中とは大違いだ。学園内で落ち着ける場所といったら、やっぱりここで、私のこと支えてくれて、助けてくれる人もいて、でもくの一教室に戻ったらそんなの全部なくなっちゃう。甘えてるのなんて十分理解しているし、自分が酷く愚かしくも思うけど、どうしても最終的にはここに行き着いてしまう。私は、私は、いつまでもこうなのかな。それともやっぱり、
「おやすみ名前」
おやすみなさい、先輩。
その言葉は紡がれることなく、私は眠りについた。
瞑想
それともやっぱり、普通の女の子に、戻りましょうか。back