1.入部


中々うまくいかない出来事を目の当たりにし、私は大きなため息をつく。
白鳥沢学園高校に入学して、早数日が経った。友達も初日から出来たし、別に悪くないスタート、というより結構順調なスタートだろう。でも、私の目的はそんな順調で青春な学校生活を送ることではない。青春は送りたいけど。

「……よく考えたら顔だけで、名前も何も知らなかったなぁ。」

学業推薦で来ている中で、好きな人を追いかけて来た生徒なんてきっと私一人しかいないだろう。多分。
私がここに入学した理由は一目惚れした名前も知らない男の人を追いかけて来た、とかいう思い切り動機不純な理由だったりする。同じ推薦の人が聞いたらなんとも怒りそうな理由だなぁ…。そんな事を考えて苦い笑いを零した。
それでとにかく一目惚れしたあの男の人を見つけなければと、ここ数日間頑張ってはいるが、とりあえず大前提で先輩であるその人は全く見つける事が出来ずにいる。
ここまで見つからないと、もしかして卒業しているかもなんて最悪の予想が過ぎるけど、そんな可能性は例えあるとしてもない可能性だってあるんだから!と無駄なポジティブさであの人を探す事を続けている。
普通に考えて、部活にでも入らない限り入学したての後輩が先輩と接点を持つ事はあまりないと思う。
だったら手当り次第に部活に体験入部してみようかな、と考えはしたけどそれはなんか動機不純な入学理由より他の人に怒られる気がしたのでやめた。そもそもまだ体験入部できる期間でもないんだけど。
でも部活かぁ……白鳥沢は確かバレーが強豪だったっけ、なんて入学資料に堂々と大きく書いていたのを思い出す。
かなりの進学校でもありながら運動の方でも強豪とかどれだけチートなんだろうか。

…そういえば助けてくれたあの人、かなり背が大きかったような。
ふとそんな事が過ぎり、思い出せる限りの背格好を脳裏に浮かべた。私より遥かに高かった男の人。
部活で背の高い競技が活かされる所はバスケ部とかバレー部、そして白鳥沢はバレーの強豪。

「……可能性はあるよね。」

確か先生がHRで明日から部活動の体験入部が始まると言っていたはず。その前にもし気になる部活があるなら少しは見ておけよと。
その言葉をちゃんと聞いていた自分に内心で感謝しつつ、途中先生にバレー部の場所を聞きながら足早に向かった。

そういえば同じクラスの前髪が綺麗に揃えられてた男の子も、バレー部でウシジマさんがどうだかって言ってたような。ウシジマさんって誰だろう。





バレー部の監督である鷲匠先生とコーチの斉藤先生に許可を取り、流れ弾に気をつけろよとアドバイスを受けつつ、練習風景を見学していた。
ボールが上に上がって、部員の先輩が打つ度に凄く強い音が体育館に響く。それを拾う先輩も居るんだからただひたすらに凄いとしか言えなかった。未経験で、今まで体育の授業くらいでしかバレーなんてやらなかったけど、その私にでもわかるくらいにここのチームは強いんだろう。
これで流れ弾とか来たらきっと私死ぬ…。思わず過ぎった考えにゾッとした。

私の他にも教室で見た男の子や、見学希望の生徒達がたくさん見ている。大体が羨望の眼差しを先輩達に向けていて、改めてここは凄いんだなって認識できた。
…見学に来て凄いのは目の当たりにしたけど、あの人はいないなぁ。
一応広い体育館を見渡して記憶にある朧気な顔を探したけど、それらしき人物は見当たらなかった。
いよいよ本当に卒業したのかなあの人、と落胆しかけた時に、1人の男の子の声が大きく響く。

「牛島さんだ!」

その声を筆頭にチワース!と思い切り体育会系の挨拶が次々と上がる。ウシジマさんって人は主将か何かなんだろうか、と他の人の挨拶や視線につられてウシジマさんがいる方向に目を向ける。

「────…あ、」

目を向けた方には、背が高く顔立ちの整った男の人が歩いていて、あぁこの人がウシジマさん、なんて思考よりも驚きが勝った。
────あの人だ。助けてくれた人だ、間違いない。

ウシジマさんは見学に来ている一年生達を一瞥した後、鷲匠先生に遅れた理由を伝え、練習に加わっていた。
ボールがウシジマさんに上げられて、打つ体制をとった瞬間、時が止まったかと思う程に釘付けになった。

「…かっこ、いい」

思わずそんな声が零れる。
さっきまで聞いていたものよりも、一番大きくて力強い音。
ドクドクと心臓は音を立て、頬に熱が集まっていく。

私を助けてくれたあの人は、ウシジマさん。ウシジマさんは、白鳥沢のバレー部。何年生だろう、周りの人の反応や雰囲気を見る限り主将に見えるから3年生かな、下の名前はなんて言うんだろう。

この人の事をもっと知りたいし、この綺麗なバレーを見てみたい。
バレーの経験も何も無い自分が何を言っているのかという話だけど、思い立ったが吉日である。

「あの、鷲匠先生」
「なんだ」
「ここ、マネージャーって募集してますか」

女子が見学希望に来た時点で、ここの部員のファンか、またはマネージャー希望か、くらいの考えは思いついていただろう。でももし募集してないとか言われたらどうしよう、その時はその時か。

「学年と組と名前は」
「1年4組の逢坂弥子です。」

言われたまま名乗ると鷲匠先生は一瞬考え込む素振りをした後、パイプ椅子に置いてあった仮入部届けを私に差し出した。

「仮入部の1週間でお前が続けられると思ったならそのまま入部しろ。半端な覚悟のやつはいらねぇ、それだけだ。」

受け取りながら鷲匠先生が言った言葉を頭の中に入れる。つまり半端な奴は邪魔だと。
半端っていうよりは、あの人、ウシジマさんのプレーが見たいなんて凄く酷い理由ではあるけれど、それでも何となく続けられるという確信を持てていた。

「よろしくお願いしますっ!!」

体育会系ってこれであってるんだろうか、と個人の判断で声を大きくして鷲匠先生に思い切り頭を下げた。

まずは入部しよう、話はそれからだから。

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