2.遭遇

助けてくれたあの人はウシジマさんという名字だけわかり、一目惚れもそうだけどウシジマさんがボールを打つ瞬間の光景を見てまた更に好きになってしまい、衝動的にバレー部に仮入部して現在に至る。と言っても今説明したの全部昨日の話だけど。
我ながら動機が酷いし凄く軽率な行動だったと思う。でもなんかあの場で動かなきゃウシジマさんと一生近づけない気がしたんだ。いや入部して近づけるかと聞かれれば無理だと即答できるけど。

仮入部期間でも朝練からちゃんと参加しなくてはいけないと斉藤先生から昨日聞かされていて、携帯のアラームをいつもより1時間くらい早く設定していた。
元々寝坊する方ではないけど念の為、その考えが役に立ったのかアラームがなる30分前くらいに起きてしまった。それ程楽しみなのか緊張してるのか…多分どっちもだと思う。正直昨日からウシジマさんをずっと見ていたと言っても過言じゃないから脳裏から離れない。恋する乙女か、乙女だよ。

「……5時はさすがに早すぎる……。」

斉藤先生は6時半頃つけばいい、って言っていたし、それは鷲匠先生も言ってた。早くつきすぎてもそれは迷惑なんじゃないかな…。ただでさえ私は寮ぐらしだし、どんなにノロノロ歩いても15分くらいでつくだろう。
うーん家だったら1時間半くらいなんだけどな、あれそれは間に合わないや、やっぱ寮で良かった。

1人でベッドの上で色々考えても特に何も思いつくわけでも、別にまた眠くなるわけでもなく、むしろ逆に目が冴えていく一方。


……あ、そうだ。散歩しよう。

頭に浮かんだ提案は別におかしくも何ともなく、校則違反も何も無いはずだしまず校内じゃなくて外を歩けばいいだけ。
いきなり出てきた案だけど何となくワクワクしてきてしまい、ベッドからすぐにでて準備をしてから寮を出ようと思った。




「…寒い。」

知ってた。
思わず自分が出した言葉に頭の中で答えちゃうほど寒い。4月の早朝、そして宮城の春なんだからそれは寒いに決まってる。
それでも歩いてるのは私だけじゃなく、おじいちゃんやおばあちゃん、あとはトレーニングとかしてる人をちらちら見かける。
朝早いね〜なんてニコニコした笑顔で飴を渡されてしまった。嬉しいけどこれは高校生に対する態度ではないような…もしかして小学生に見られてる?

「…まだ5時半か。」

一応時間を確認してみるものの、まだ30分しか経っていない。あまり遠くへは来てないし同じ所をぐるぐる歩いてるだけだから学校からもそう離れていないため、今から帰ってもやっぱり早く着いちゃうかなと考えを巡らせる。
6時半頃かぁ……半丁度にバレー部行くのはなんか違う気がする。5分前行動10分前行動とか先生や親に昔から言われているし、仮入部の1年なら先輩達より早く、とは言わないけどそれなりに早くついとくべきかな。
ならもう戻ろうかな。

「って、うわっ!?」

そう考えて来た道を戻ろうと後ろを振り返ろうとしたけど、何故か目の前に大きい壁があり思い切りぶつかり、そのままバランスを崩して尻餅をついた。
あれ?ここ道だよね?なんで壁?
突然のハプニングに大混乱していると、目の前に大きな手がいきなり出てきた。え?壁じゃなかったっけ?思い切り人の手だ。

「悪い、大丈夫か。」
「…………え、」


上から聞こえてきた低い声は、初めて聞く声だったけど、聞いた瞬間何故か凄く胸がザワザワする。
恐る恐る顔をあげれば、なんとも間抜けな声を上げてしまった。

「………ウシジマさんだ。」
「?ああそうだが。」

差し出された手を取らずに目の前の相手の名字を呟けば、訝しげにウシジマさんは淡々と言葉を述べる。どうしよう、どうすればいいかわからない。とりあえずなんでこんな状況になっているか考えよう。
いや考えなくても何故かウシジマさんが私の後ろにいて私が帰ろうとしたら普通にぶつかって、手を差し出されてるだけだ何も整理する必要ない数秒で終わった。
とりあえずいつまでもこの体制ではダメだろうと、大きなウシジマさんの手を取れば力強く引き起こされる。一瞬触れただけなのに馬鹿みたいに心臓が動いていて頬に熱が集まっていた。
ありがとうございます、と自分でも驚くくらいの小さな声が出たけどそのまま頭を下げれば、あぁ、とまた淡々とした返事が返ってきた。
こんな声なんだ、背が高いなぁ、かっこいいなぁ、なんて思い切り場違いな考えだけが頭を支配している。

「怪我はしていないか。」
「えっ、はい、えと、どこもしてないです。」
「そうか。それなら別にいい。」

怪我の心配してくれた、ただそれだけで浮き上がりそうになる気持ちを抑える。
ウシジマさんはそのまま走り出そうとしていたので、朝練前のトレーニングだろうかと勝手に考える。
頭の中ではそんな事を冷静に考えていたのに、口は勝手に動くみたいで、

「あのっ!待ってください!」
「?なんだ」

用もないのに引き止めてしまった。
どうしよう別に用ないよ、ただちょっともっと話したくてとかめちゃくちゃ私情だよこれごめんなさいめちゃくちゃ迷惑だこれ。
必死に用事を引き出そうとうんうん唸っていると、話す口実あるじゃないか、と一つの話題が過ぎる。

「…大した事じゃ、ないですけど。私今日からバレーボール部のマネージャーをやるんです。まだ仮入部ですけど。」
「…あぁ、確か監督からそんな事を聞いた。」

知っててくれたのか、なんてまた少しのことでニヤけそうになる顔を必死に抑えつつ続ける。

「えと、足でまといにならないように頑張ります!」
「そうか、頑張れ。」

頑張れ、と特に何事もないように言われたけど、恋する乙女は単純みたいで、その言葉一つで頭の中が嬉しさで支配される。

「引き止めてすみません!その、トレーニング?頑張ってください、ウシジマさん」
「ありがとう」

そのままウシジマさんは走って行き、速いなぁなんて声が口から出る。
ていうか、今私ウシジマさんと話せた。

その事実で思い切り地面にへたりこんでしまい、なんかもう嬉しさと恥ずかしさで頭がいっぱいいっぱいだった。
ウシジマさんなんだこの1年とか思ったかな、いきなりトレーニング止めるし大して面白くない話題振るし。というより自分の話だし。

でもそれでも嬉しかったから、なんかもう今はこれでいいや。

スキップしそうになる気持ちを何とか抑え込んでそのまま学校へ向かった。さて朝練の準備をしなければ。

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