5.猪突猛進も程々に

体育館をこっそり除けば、案の定牛島先輩は体育館で自主練をしていた。さっき体育館に行く時に2年の、ええと…白布先輩とすれ違ったから、ずっと1人ってわけじゃなかったみたいだ。すれ違った時に怪訝そうな顔されたけど気にしないことにしておく。とりあえず今は大きなスパイクの音もしてなくて、見た限り休憩しているように見える。
休憩中ならこのタイミングでお疲れ様ですってドリンク渡すべきなのかな、タオルも思わず用意しちゃったけどやっぱり私と牛島先輩以外誰もいない時に話しかけるのは恥ずかしくて、躊躇してしまう。
さっきまでの勢いはどこ行ったんだろう……なんて思わず自嘲気味に笑っちゃうけど、話しかける勇気は出ない。
……やっぱり外にこっそりドリンクとタオル置いて帰ってしまおうか。メモとか残して、お疲れ様ですとか簡単な内容と名前を書いとけば別に怪しまれないと思うし…。
そうと決まればそうしよう。鞄からノートを取り出して、小さなサイズに切り取りシャーペンで当たり障りのない文を綴る。
お疲れ様ですくらいでいいかな……名前書こうと思ったけど、名前覚えられてるかどうか分からないことに気づいてしまった。ならマネージャーって書いとこう。
悩んでるうちに辺りは暗くなってきてるし、なるべく早くそしてこっそり置いて帰らなきゃ。

書き終わってよし、と立ち上がった瞬間足に何かが触れた。

「!?…猫?」

びっくりして足元を見れば、猫。
首輪はついてなくて、目を凝らさなければ夜の景色にとけてしまいそうな程の真っ黒な猫。なんかオシャレに言ってしまったけど、つまりは黒猫が私の足にゴロゴロ喉を鳴らしながら擦り寄っていた。か、可愛い…。

「どこから来たの?」
「にゃあ」
「そっか〜外から来たんだね〜。」

言葉なんて通じてないけど、適当に会話らしきものをしながら猫の頭を撫でる。可愛すぎて顔が凄く緩んでしまう。人懐っこいなぁ。

「……猫と話せるのか。」
「…えっ」

あまりにも猫が可愛くて当初の目的をほぼ忘れていた。そして近づいてきた人にも気づけていなかった。
後ろから聞こえてきた人物の声によって一気に現実に引き戻され、素直な心臓はさっきより早く動いている。部活中に少しだけど聞いた声、そして最初の日に少しだけ会話した声と同じ声。
ゆっくりと、顔を上げた先にはまさに予想通りというかなんというか。予想せずともわかっていた人物というか。
私をかなり高い位置から見下ろすその人は、私の頭の中を猫と触れ合うまで支配していたその人だった。
何か言わなきゃと必死に考えを巡らせるけど、猫の声でバレちゃったのかな、それとも私が結構大きな声出しちゃってたかな、とか別の事ばかり。ダメだ、この人目の前にすると頭が回らない。

「………話せ、ないです。」

そんな中でやっと出した声は誰が聞いても情けないものだった。





何がどうしてこうなっているんだろう。
バレー部の主将と、バレー部の仮入部のマネージャーが一緒に歩いている、ていうか帰っている。
会話なんて物は出来ない、というか無いしただただ無音の空間が広がっていた。

あの情けない声を出したあと何でここにいるのか聞かれ、正直に牛島先輩に差し入れようと思って……なんて少女漫画みたいな事は言えなかった。普通に恥ずかしいしそんな事を言える度胸があればメモなんか書かずにすぐに牛島先輩に差し入れ渡せてる。
そんな中でた言い訳はなんとも苦しいもので、先生に頼まれごとされて遅くなって、帰ろうとしたんですけど体育館の明かりがついてて気になっちゃって!みたいな事を早口で言った気がする。気がするのは慌てすぎてまともに覚えてなかったから。
ドリンクとタオルについてはその早口の最中におもむろに渡し、お礼を言われて1人心の中で舞い上がった。メモは自分の鞄に突っ込んだ。
猫と話している所も見られて色々恥ずかしかったのもあり、すぐに帰ろうとしたけど牛島先輩に引き止められ、遅いから送ると言われた。つまり今の状況は私が牛島先輩に送られている、という事になる。
理由聞いても納得するようなのは返ってこなそうだ…。

改めて状況理解しようと考えてもやっぱりわかんないよ!?私寮暮らしだし本当送られる意味無くない!?
いや嬉しくないとかじゃなくて普通に嬉しすぎて死んじゃうの!!

「逢坂」
「ひゃい!?」

悶々とそんな事を考えていれば突然牛島先輩から話しかけられ、噛んだし声が裏返った。なんだ今の返事は恥ずかしいにも程がある。
ていうかあれ、名前、覚えられてたんだ、嬉しすぎる。

「部活は慣れたのか。」

何を言われるんだろうと身構えてドキドキしていれば部活の事だった。逆に他に何があるって話だけど。

「え、と……慣れて、はまだないですけど……でもその、楽しいです…。」
「そうか。」
「……。」
「………。」

か、会話がない…!!途切れた…!!
牛島先輩会話続けるの苦手なのかな…というより元から無口なんだろうか……。
またしばらく、歩く音だけの空間が広がる。さっきと少し違うのは女子寮が見えてきた、とかいう程度だろう。もう少しで牛島先輩と一緒にいられる時間が終わっちゃう。
なんか行動を起こさなきゃ、何となく今凄く好機な気がするから、何か、何か話題を振らなきゃ。

「もう女子寮につく、」
「あの!!」
「?どうした」

ここで止めておけば馬鹿やらかさなかったんだろうな、なんて後悔先に立たず。この時の私はきっと、いや絶対頭がどうかしていた。

「────…すきです、」

聞こえるか聞こえないかの声の大きさで、ちゃんと牛島先輩の目を見て言ってしまった。
目の前には、いつもと大して変わっていない表情の牛島先輩。だけど驚いているのか、何度も瞬きを繰り返している。

我に帰っても、言ったことは何も取り消せない。
私にとっては数分程、でも実際は数秒くらいの間の後、段々冷静になってきた頭はちゃんと今の状況を整理しはじめていた。今、私本当とんでもないことやらかしてしまった。

「…逢坂、」
「あぁあぁぁのっすみません送ってくれてありがとうございましたまた明日!!」


牛島先輩の言葉を聞かずに走って寮に入り扉を閉めたあと、床に座り込んで頭を抱えた。

馬鹿でしょ私、いくらなにかアクション起こしたかったからって、いきなり告白するやつがどこにいるの。
恥ずかしい死にたい穴があったら入りたい…。

結局その日は、お風呂上がってベッドに入っても思い出すのは告白した私の光景で、その度にうわあぁぁと枕に顔を埋めた為一睡も出来そうになかった。自業自得にも程がある。
明日牛島先輩にどんな顔して会えばいいの……。
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