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会場であるホテルに到着した頃に宴は始まり、既に多くの人が集まっているようだった。

メインフロアは豪華絢爛、という言葉が似合う煌びやかな内装で、中央に大きなシャンデリアがありクラシックの生演奏が雰囲気を一層出していた。


「手筈通りにね」


小さく呟く太宰の言葉に、目線で答える中原とナマエ。


「じゃあ、行こうかナマエ」

後ろを振り返り自身の腕を差し出す太宰。
その瞬間からナマエの纏う空気が一気に変わり、スイッチが入ったように別人の顔になる。


「はい、あなた」



するりと太宰の腕に手を置き、身を寄せる。その姿は貴族の夫婦そのものだった。
一歩後ろから付いて歩く中原は気付かれないよう舌打ちをするが、太宰には隠しきれなかった。


「中原君、態度が悪いよ」
「…申し訳ありません、御主人様」


(こいつ…後で殺す)


きっと何時もの憎たらしい笑みを浮かべているであろう相棒に、心の中で毒づく中原だった。











「ほぉ、あの貿易グループを束ねておるのかね。その手腕、中々気になる所だ」
「いえいえ、香宮様の政治力や世界とのネットワークとは比べ物になりませんよ」
「はっはっは。是非とも、仲良くして欲しいものだよ」
「恐れ入ります」


流石、と言った所か太宰の話術により何人もの富豪、実業家、政界人が架空の会社を信じ、商談の約束までしている。

よくもまぁそんなに口が回るな、と後ろに控える中原は思うが、マフィアにとってこの男の恐ろしく感じるまでの巧みな話術は必要不可欠と理解している。
不本意だが、太宰の頭脳に救われた任務は少なくは無い。

そして、



「…しかし稀に見る麗しさだ。御連れの御婦人は?」
「嗚呼、私の妻です」


上品な笑みを浮かべ、静かに会釈をするナマエ。


決して太宰の前には出ず、それでいて相手に合わせて妻として絶妙な立ち振る舞いをするナマエ。その完璧なる演技は勿論の事、何より彼女の美しさがこの会場の誰をも釘付けにしていた。

会場に到着して直ぐに男女問わずの視線を集め、既に10枚程の名刺を渡されていたナマエを見て、彼女の特別な存在と自負している中原は優越感に浸りながらも、特に男達からの熱く下心のこもった視線を送られている姿も視界に入り内心穏やかでは無かった。


それは太宰も同じだったようで、さりげなくナマエを自分で隠したり、異様に身体を密着させ無駄な虫が寄ってこないようにしていた。



「皆様、本日はお集り頂き感謝申し上げます。今宵は存分に満足していただけるモノを準備致しました。どうぞ、お楽しみください」



程なくして、主催者による挨拶が始まった。
今回の標的である男は中肉中背、中年の年頃で顎鬚を蓄えていた。これ見よがしに見に付けた貴金属や身に纏うスーツはどれも特注品で、自分の富を全面に出している出で立ちだった。



「今回は良いモノが手に入ったと聞いたが、君も試していくだろう?」
「良いモノ、ですか?」
「ああ、コレだ」


先程話していた香宮という男が太宰に見せたのは小さな透明の袋に入った白い薬。


(…そういう事か)



これが今回の任務の目的。


最近ポートマフィアが外国から買い付けた薬を別の組織が横流しをし、利益を巻き上げているとの情報が入り太宰へ任務がおりた。

薬の流通を調べた所、首謀者や組織を特定する事が出来なかったが、不定期に開催されるとある宴の噂に辿り着いた。それが今回のパーティーである。
主催者の男が裏社会で繋がりのある富豪や政治家に薬をばら撒き、見返りに莫大な報酬を得る。元はポートマフィアが仕入れている薬は依存性が強く、云わばドラッグパーティーの様なこの宴は参加者が増え続け、規模が大きくなっていた。


主催者も会場も日時も謎だった今回のパーティー。
ナマエの情報網から割り出した参加者は全員裏の世界で名の知れた富豪ばかり。情報を操作して参加したこの宴がただの社交パーティーで無い事は予想していたが、目の前に差し出された袋を見て太宰は確信を得た。



(成程、これで後ろ盾を得ている訳か)



ナマエも同じ事を考えていたようで、笑っている目元が僅かに鋭くなったのを太宰は見逃さなかった。

すると、何時の間にか主催者の男が歩み寄り声を掛けてきた。



「楽しんでいるかね?」
「これはこれは三木様。今回の品、特に素晴らしいようですな」


三木、と呼ばれた男を目の前に、太宰とナマエは無言で目を合わせ作戦開始の合図を送る。


「…其方のお二方は初めて見る顔だが、」
「とある方からの御紹介で。もっと早くに誘っていただきたかったものです」
「そうだろう。入手元が違うからな」
「ほう、入手元とは?」
「それは企業秘密、とさせてもらおう。まぁ、私は友人には惜しまず尽力する人間だ。必要になった時は何時でも言うと良い」


太宰の質問に誤魔化しながら答える三木は、ふと自分に向けられる視線に気付く。

視線の元に顔を向けると、ナマエが熱の籠った目を向け静かに微笑んでいた。思わず目を奪われ身体が固まる三木だっかが、冷静を装い声を発した。


「今夜は楽しんでいくと良い。今日はこのホテルを貸し切っている」
「はい、ありがとうございます」
「…あなた、少し風に当たってきますね」


そう言いその場を去る直前、ナマエは三木に視線を向け誘うように深紅の唇に指を当てた。
その色香に当てられた三木は息を飲み、高鳴る心臓を抑えるように葉巻に火を点けた。


「しかし、実に素晴らしい女性を連れているようだ」
「妻ですか?いや、ただの飾りに過ぎませんよ」
「…旦那様、奥方様に付いてきます」
「いや良いよ中原君。何時もの気まぐれだろう」


中原との会話を聞きながらも、視線はテラスに移動したナマエに向いている三木を見て、太宰は口角を上げた。

(さぁ、第一段階終了だ)










会場独特の喧騒から離れ、静かなテラスに移動したナマエは柵に手を置き、軽く息を吐く。

先程の反応を見る限り、あの男が餌に食いついてくるまでそう時間はかからない筈、と考えていると、テラス入口のドアが開かれる気配を感じゆっくりと振り返る。


「初めてかね?こういったパーティーは」
「…えぇ、あまり慣れなくて」


予想通り、そこには三木がシャンパンを持ちながら立っていた。


「君の様な女性には華やかな場所が似合うと思うのだがね」
「主人にとって私はアクセサリーでしかありませんもの。社交場に来る時は見世物としてですわ」
「それは何と、同じ男として理解し難いものだ」
「ふふ、だって現に、」


ナマエの指さす方を振り返りパーティー会場を見ると、別の女性の腰に手を回し盛り上がる太宰の姿が三木の視界に入った。



「三木様」


自分の名を呼ぶ声に反応し、振り返ると渡したシャンパンを飲みほし、妖艶に笑うナマエと目が合った。


「少し、酔ってしまいました」


そう云い三木に肩に寄りかかるナマエの腰を抱き、三木は高まる欲求を抑えるように声を振り絞った。



「ではゆっくり休める場所に案内しよう」



三木の言葉に目を細めて笑うナマエ。


その笑みに含まれた本当の意味を知らない男は、ただ上機嫌で歩き始めた。





(罠にかかった)

(獲物は逃がさない)






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