07




「若いのに苦労してるのねこの子」


アンタと似たような人生送ってるじゃない、と云うカオルの言葉を聞きながらナマエは目の前のパソコンを見つめていた。

裏ルートで探り得た情報によると、やはり繁華街に居たあの少女はポートマフィア構成員の泉鏡花で間違い無い。
彼女がポートマフィアに行き着いた経緯や異能力についての情報が載っている画面の下、可愛らしい顔の少女の写真を見て確証を持った。



「暗殺で三十五人…」
「この歳で異能を操る事もそうだケド、暗殺なんて才能が無ければ直ぐに返り討ち。カワイイ顔して素質があるのね」
「親譲りの才能、ですか」



彼女の両親は暗殺のプロだった。
父親は元政府の諜報員。その後要人暗殺に携わり、母親も同様に自身の異能力を使い数多の人間を闇に葬ってきた。
その二人の遺伝子を受け継いでいるのならば、此処に書かれている彼女の経歴も納得だった。

ただ、



「カオルさん、異能って他人に譲渡出来るものなんですか?」
「肉親であれば可能らしいわね。確か前にそんな情報売った記憶があるワ」



それに、と煙草に火を点けながらカオルは続けた。



「それに関しては"アンタが良い例"じゃない」



カオルのその言葉に、ナマエは何も答えなかった。













































「伺うのが遅くなってしまって申し訳ありませんでした会長さん」
「なァに、美人を待つのは男の甲斐性ってもんよ」
「まぁ、相変わらずお上手ですね」
「それに、待たされた分のコレ(情報)は釣りが出る位ェだ」


処は瀧本会総本部。
広々とした和室にナマエは居た。

穏やかに談笑する二人はまるで孫と祖父のようだが、ナマエと向かい合って話している人物は横浜の極道・ヤクザを束ねる瀧本会会長の瀧本宗一郎である。



「そんなに褒めても、出るのはコレだけですよ」
「お、流石ナマエちゃん。わかってるじゃねェか」


先日依頼を貰ってから直ぐに来ることが出来なかった為、手土産に持参したのは八王子で調達した都まんじゅうだ。
一般人であれば姿を見ただけで震え上がり、瀧本会の人間でも目が合うと背筋が伸びる風格がある瀧本だが、無類の甘味好きである。そして都まんじゅうには思い出がある、と前に話していたのをナマエは忘れていなかった。



「若ェ頃、チンピラしてた俺に親父が食わしてくれたんだ」
「ふふ、それでお店に買いに行ったのが奥様との出会いなんですよね」
「そうさ。あん時の千代は別嬪でなァ、」
「嫌だわこの人ったら。そんな事まで話してるの」


襖を開けたのは正に話題に上がっていた瀧本の妻・千代だった。
タイミングを見計らったのかのように、茶を乗せた盆を手にしていた。


「ご無沙汰しております奥様。お加減はどうですか」
「久しぶりねぇナマエさん。見ての通り、生活には問題無いわ。貴女のおかげよ」


ナマエの視線は綺麗な着物の下に隠されている千代の足。
そもそも、ナマエが瀧本会との繋がりを得たのはこの千代との出会いが始まりだった。
以前他の組員からの襲撃を受けた千代を、偶然通りかかったナマエが助けた事があった。ナマエが駆け付けた時には既に足を撃たれていたが、的確な処置により大事には至らず今は問題なく歩けるようになっている。
この事件をきっかけに、ナマエは瀧本会御用達の情報屋として総本部に何度も出入りをしている。初めは瀧本会の構成員に睨まれていたが、会長や奥方と仲睦まじく話す姿や襲撃を阻止した際の話がたちまち瀧本会全体に噂として広がり、今では幹部のような扱いを受けている。


「また危ない事してるんじゃないの?駄目よ、綺麗な顔に傷作っちゃ」
「大丈夫ですよ。自衛の術は身に付けていますから」
「無駄だ千代、ナマエちゃんは可愛い面して腹ん中に獣を飼ってる。大人しく生きれねェ星の下に生まれちまってんのさ」



宗一郎の言葉に苦笑いしながら千代に出されたお茶に口をつける。
口の中に広がる玉露の豊かな香りに、ナマエはほっと息を吐いた。



「そういえば会長さん、最近ポートマフィアについて何か聞いてませんか」
「さァてなぁ…森先生との会合も少し前にあったが、特に何も聞いてねェ」
「そうですか」
「元々、腹の読めねェお人だ。触らぬ神に祟り無しって事だ」
「…会長さん、随分と変わりましたね」



昔の瀧本会はポートマフィアとの縄張り争いで何度も抗争を起こしていた。
歯向かう者は誰であろうと叩き潰す。以前の瀧本会は裏社会でもかなりの過激派であったが、今はすっかりと穏健派に変わり均衡を保っている。穏健派になっても十分影響力は大きいが。



「守るモンが出来ちまったからなァ」



そう話す瀧本は何処か哀しそうな目をしていた。
抗争の度に多くの構成員の命が散っていった。数えきれない人間の血が流れた。そんな過去を、今でも彼は悔やんでいる。だからこそ、今の瀧本会は強くて怖い。



「では、そろそろ失礼します。今度は奥様の好きな洋菓子をお持ちしますね」
「あらそれは楽しみだわ」



ナマエが立ち上がり控えていた部下が襖を開ける。すると瀧本が声を掛けた。



「ナマエちゃんよ」
「はい」



振り向くと瀧本も立ち上がり縁側へと足を進めていた。
少しの間を開け、低く声を発した。



「気ィ付けな」



目線は庭に向けたまま、瀧本は続ける。
風が吹き庭の竹林を揺れ、先ほどまで気にならなかった鹿威しの音が広い和室にやけに響いた。



「マフィア連中は容赦が無ェ、アイツ等の闇は真っ黒だ。下手をうてばいくらナマエちゃんでもただじゃすま無ェぞ」



さらりと聞いただけだったが、瀧本はナマエがポートマフィアについて探ろうとしている事に気付いていた。
しかしナマエという人間についても理解はしている。情報屋としての仕事だけでなく、裏社会で生きているだけの力もある。極道の人間である自分達と対等に付き合えるだけの度胸もある。
それでも、過去に身をもって知ったマフィアの闇の恐ろしさを瀧本は忘れていなかった。



「大丈夫ですよ」



笑みを浮かべ答えるナマエ。瀧本はゆっくりと顔を向けた。




「あの人に、私は殺せませんから」




真っすぐ自分を見つめる目を見て瀧本は静かにそうか、と呟いた。
ナマエは何も云わず頭を下げ、静かに部屋を後にした。










「ねぇテツ君」
「何ですかナマエさん」



総本部からの帰り道。何時も車を出してくれる桜庭哲也(通称テツ)に、運転中ではあったが質問をする。



「ポートマフィアの動きで何か情報入ってない?若い衆の話でも何でも良いんだけど」
「マフィア連中のですか?…そっスねぇ…」



普段街を出歩く事の多い下っ端の人間の方が、案外情報を持っている場合もある。
瀧本には釘を刺されたが、裏社会で生きる以上ナマエも最近のマフィアの動きについて少しでも情報が欲しかった。



「あ、関係無いかもしれませんけど、さっき列車が爆破されたらしいですよ」
「爆破?」
「俺も集金に出てた奴から聞いたんで詳しくは知らないですけど」



(白昼堂々、爆弾なんて派手なモノ使えるのは、)



やっぱり行動が派手すぎる。元来のマフィアのやり方を曲げてまで、何をしたいのか。



「テツ君、悪いんだけどその爆破された列車が停まってる駅までお願いできる?」
「勿論。姉御の仰せの通りに」
「姉御は止めて」



先日見かけた泉鏡花と何か関係があるのか。

晴れ渡った空を窓越しに見ながら、ナマエは考えた。


  

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