青の破軍

5


結局、次の日の朝は寝坊してしまった。

マルバが依頼人が来るとかで忙しくて、私を気にかける暇がなかったことがせめてもの救いか。

普段だったら、絶対に殴られてたもんね。

私は参番組に所属してるわけじゃないから、お嬢さんの護衛に直接関係はしてない。だから、仕事はいつも通りの内容だった。

今は火器の移動を任されてる。一部屋分の火器を、全部ダン箱に積めて持ってくからめっちゃ時間かかる。

ていうか鉄砲なんか日干しする意味ある? 意地悪にしろもっと意義のある仕事任せようよ。こんなの時間の無駄だよ。えっ? 鉄砲って日干しするもんなの? え?

……まあ、考えても仕方ないか。さっさと片そう。ああ、重い重い。


「あの……すみません、そこの方!」


ふと、後ろから声が聞こえた。

女の人の声だ。しかも、いくらか若い。ここに若い女の人が来るなんて珍しいな。

振り向くと、赤いドレスを着た、立ち振舞いのよさそうなお嬢さんが。


……そうか、この人が依頼人のクーデリアさんか。こんな上品そうな人、うちにはいないもんね。



「あの、申し訳ありません、部屋はどちらにあるのでしょうか?」


お嬢さんはおどおどと言った。どうやら少し怯えているようだ。


「部屋、ですか?」

「はい。先ほど案内していただいたのですが、どこも似たような景色ばかりで、迷ってしまって……」

「案内しますよ。部屋番とかわかりますか?」


私は火器をそこらへんに置いた。ま、いくらブラックでも会社だし、依頼人案内したとなりゃあ多目に見てくれるでしょ。

会社の評判が悪くなると、金が入ってこなくなるもんね。特に、こんなVIPヘマして手放したくないだろうし。


「あの、あなた、御名前は?」

「私? 私はアイリン・レア。ここの雑用やってるの」

「雑用、ですか?」

「掃除とか洗濯とか、時間があったら炊事もするかなあ。そういうあなたは、クーデリア・藍那・バーンスタインさん?」

「は、はい! よろしくお願いいたします」


クーデリアさんは控えめにお辞儀をした。


「こちらこそ、短い間だけどよろしくお願いします。地球へも同行する予定なので」


クーデリアさん、一応部屋番は知ってたから、私はそこまで案内することにした。


「ここで働いているのは殿方だけだと思っていたのですが、女の方もいらっしゃるのですね」

「私だけだけどね。基本、女は雇ってないらしいよ」

「そうなのですか? では? あなたはなぜ……?」

「まあ、ちょっと宇宙で事故っちゃって」

「事故、とは?」

「色々だよ」


さすがに、赤の他人に事細かく言う必要はないからね。たとえクライアントでも。

っていうか、戦争していつのまにかトリップ、っていっても信じてくれないだろうし。

でもちょっと冷たく突き放し過ぎたせいか、クーデリアさんは拒絶されたと受け取ってしまったらしく、さらに顔がしょぼくれてしまった。

部屋まで案内して、私がじゃあ仕事へと戻ろうとしていたとき、ふいにクーデリアさんが喋り出した。


「……あの、アイリンさん!」

「はい?」

「あの、私、ここにいる人達と、子供たちとふれあいたいと思ってここに来たんです! 火星独立を唱える人間が、火星の住民の実態を知らずに発言をすることは間違っている! そう思って……」


おずおずといった形で、クーデリアさんは私の目を見た。


「ですから、私はあなたとお話がしたいのです。……よろしいでしょうか?」

「もちろん。喜んでお受けいたしますわ、親愛なるプリンセス様」


私はお嬢さんの前に立ち、わざとらしく、手を胸元に置いて深々と礼をした。

「やめてください、そういうの」と慌てて否定するクーデリアさんが面白くて、思わず笑ってしまった。

それにしても、ナントカ会議を成功させたとかって、かなり積極的なお嬢さんだと思ってたけど……。

案外、おどおどしくて、控えめな人なんだな。


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