青の破軍
1
ブリッジの中は、なんとも言えぬ緊張感が漂っていた。緊張というか、戸惑いというか。全員が複雑な表情を浮かべている。
一体何があったんだろう。途中であったチビ達は大慌てでガンダムの整備に向かってたし。
雰囲気的にギャラルホルンではなさそうだけどな。
みんな何も言わないから、ユージンにでも聞こうと彼の席まで移動してたら、
『人の船を勝手に乗り回しやがって、この泥棒鼠共が! 俺のウィル・オー・ザ・ウィスプを今すぐ返しやがれ!』
スピーカーから音割れしそうなくらいの怒号が聞こえてきた。
何事かと前を見ると、なんとCGSの社長、マルバのおっさんがでかでかとモニターに写っていた。今までにないくらい無茶苦茶怒ってる。
「なんであのおっさんがここにいるわけ?」
「俺が知るかよ」
ユージンが肩をすくめた。
あのおっさん、ギャラルホルンにやられたと思ってた。見たところ五体満足っぽいし、案外悪運強いんだなあ。
「ユージン」
オルガが無言で指を下に向けた。私はわからなかったけどユージンは理解出来たんだろう、パネルを動かした。すると、モニターいっぱいに写っていたマルバがユージンの席のモニターに移動してきた。
さっきのよりうんとちっちゃいからなんか気持ち嬉しい。
『ああ? 何だ?』
マルバのほうは、ブリッジ全体がいつのまにかユージンひとりの映像になったから何が起こったのかわからなかったんだろう。ユージンが噛みついていった。
「さっきから聞いてりゃ、さっさと逃げ出した腰抜け野郎がふざけたこと言ってんじゃねえよ」
『ああん? 誰だてめえ。オルガ! オルガを出せ! オルガァ! さっさと船を止めやがれクソ餓鬼ィ!』
「うっせーんだよクソジジイ!!」
「……ユージンってオルガが来る前は3番隊のリーダーじゃなかったの?」
「お前もうるせーよ!」
気にしてたのか、ごめんユージン。
『てめえ! アイリンじゃねえか! なんでガキ共といるんだ!!』
さっきの会話で声が届いたらしい。マルバが私に気づいた。マルバの顔がまた憎しみに染まっていく。ターゲットがオルガから私に変更された。
『あんだけ可愛がってやったのにどうして俺と来なかったんだ! てめえがいれば弾除けのひとつやふたつになっただろうが!』
マルバは私に向かって遠慮することなく罵声を浴びせて来た。めんどくさいから無視してると、それをいいことに、どんどんどんどん汚い言葉で私罵ってくる。
正直、私も気が長い方じゃない。ひどくなっていく罵声にだんだん腹が立ってきた。
てゆうか私は弾除けかよ! そりゃあこんなおっさんに本気にされるのも気持ちが悪いけれども!
「はあ? 可愛がってたんじゃなくて
可愛がられてた んでしょ? あんたみたいなブタと生涯共にする気ないしぶァーカ! 」
『なんだとてめえ! 拾われた分際でよくそんな口の聞き方ができるな! 名前の通りレアに焼いてやろうか!』
「残念でしたぁー! 生憎レアじゃなくてウェルダン派でーす! あんたこそミディアムレアくらいに焼いてやろうか? 肉が厚いから全部火が通るまでに表面黒ずみになってそうだもんねぇー!!」
『このメス豚……! 男だったら誰でも股を開きやがって! 代替あの変なMSはなんだ!? お前が体で買ってきたのか!?』
「あれは元々私の相棒です! つうか一年もあんなデカブツに気づかないとかどんだけー! チョーウケるんですけどー! あっ、ウケるっていったらあんたのネーミングセンスちょーヤバイよね! 犬の名前ケンケンとワンワンとか付けてたんでしょ!? ケンケンwwwとwwワンワンwwwブフォwww」
『なっ! なんでてめえがそれを知ってる!』
「寝言で言ってたんだよ! あー面白い!」
マルバがぴたりと暴言を吐くのを止めた。顔を真っ赤にして青筋が立っている。今にも血管がぷっつり切れそうなくらいだ。
どうやら、堪忍袋の緒が切れちゃったらしい。
『くそ……殺してやる、今すぐぶっ殺してやる! オルガ! オルガはどこだ!』
私が更に反撃しようとしたら、マルバのおっさんが急に画面からいなくなり、変わりにダンディーなおっさんが出てきた。
『ちょっと退いとけ、おっさん』
『あ、ああ、すいません』
さっきまで暴れ牛のようだったマルバがあっさり退いた。
……誰? このおじさん。あんなに喚いてたマルバをこうもあっさり抑え込むなんて。
『さっきからさっぱり話が進まねえ。あくびが出るぜ、なあ?』
おじさんは薄笑いを浮かべながら真正面……館長席に座ってるオルガを見つめている。オルガも長髪のおじさんを睨み付けた。
空気が一瞬にして張り詰めた。
たぶんこのおじさん、ただ者じゃない。ブリッジにいる全員がそう思った。
「あんたは?」
オルガが慎重に聞いた。
『俺? 俺は、名瀬・タービンだ。タービンズって組織の代表を勤めさせてもらっている』
「鉄華団の代表、オルガ・イツカだ」
『何が鉄華団だこのっ……!!』
『このマルバ・アーケイとは仕事上の付き合いがあってね』
ナゼとかいうおっさんは、まるで赤子の手でも捻るようにマルバを抑えつけて、色々と語りだした。
なんやかんやあって、ナゼのおっさんは力があるから、CGSの財産を頂く変わりにCGSをギャラルホルンから守る約束をしたと。でも肝心のCGSが鉄華団になってたから、私たちを追いかけて来たんだとか。
ビスケットがオルガに向かって、小さく何かを話している。どうやら、タービンズはテイワズの傘下で、あのおっさんはテイワズのトップと親子の盃を交わしてる超大物らしい。
なるほど、テイワズの力を借りたい鉄華団にとっては超ラッキーな話だ。……隣にマルバさえいなければ。
上手くいけばテイワズの傘下になれるだろうけど、下手すればテイワズ丸々敵にすることになる。正にDead or Aliveだ。
『あっそうそう、そこの口が悪いお嬢さん』
ナゼのおっさんが右下を指差した。位置的に私とユージンがいる席を指している。ということは、お嬢さんって私のことか。
私はさっきの臨戦体制を崩さないまま答えた。
「口が悪くてごめんなさいね」
『そうカリカリしなさんなって。あんた、さっきの話を聞いてればあの羽根つきのMSに乗ってたらしいじゃねえか?』
「そうだけど、なんですか?」
『どうだ、俺の嫁になんないか?』
……。
ん?
俺の、嫁?
この流れで?
ってことは、……え?
「…………は、」
「はぁーーー!!?」
私が言う前に、ユージンが立ち上がって叫んだ。
「ふっざけんな! アイリンは俺ら鉄華団の団員なんだぞ! わけのわからねえおっさんとけ、結婚なんかするかよ!」
「ばっか、なんでアンタが返事すんの! 違うでしょ」
私はユージンを無理矢理座らせた。ていうか何でユージンが勝手に驚いて勝手に返事してんの。驚くのもこいつに返事するのも私でしょ、私のことなんだから!
『俺はけっこうマジで言ってるんだけどなあ。どうだ?』
どうだ? ですって?
この状況でYESが貰えると思ってんのこのロン毛!!
「あのねえ、女の子はデートのとき門限をわざと早い時間に教えるの。なんでだと思う?」
ナゼのおっさんは無言で肩を落としただけだったから、私は続けた。
「つまんない男なら早く帰れるし、イイ男には『門限をやぶって一緒にいる』って言えるからよ。アンタだったら、間違いなく門限ピッタリに帰ってやるわ!」
『フッ、フハハハハハハ!!』
ナゼのおっさんは、口を大きく開けて笑いだした。
私はつられて笑うことも、笑われたことに対して怒ることもせず、ただそのままモニターを睨み付けた。
『いやいや、中々面白いお嬢ちゃんだ。こりゃ更に欲しくなった』
「あのおっさん、ぶっ殺してやろうか」
「バカなこと言わないでよ」
そのおっさんテイワズの大物でしょ。今殺したらテイワズからも目をつけられて大変なことになるよ。
『……ま、それはさておき。お前らが話したいのはこういうことじゃねえよなあ?』
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門限の話は元ネタあります。もし気になったら調べてみてください。それ以上でもそれ以下でもないんですけどね。
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