酷い現実がまた訪れるのか。眩暈がする。耳鳴りが止まない。

 カーテンから光が漏れていない。外は雨か。しとしとと、降る音よりも、この、キーンと鳴る、黒板に爪を立てて引っ掻くような耳障りな音が鼓膜を震わせてくる。

 携帯電話を確認してみた。

 着信はない。

 これは、どちらなの。夢なの。現実なの。

 メールの履歴を確認してみる。

 ――なんで、一通も、入っていないの。

 喉が、締め付けられた。

 冷水を浴びたみたいに全身が冷たくなる。

 電話帳を見てみると、交換したはずの、いや、昔から知っていたはずの康太の名前がそこにはなかった。

 彼方は? と思って見てみると、ああ、よかった。彼方のだけはあった。

 けれどどうしてかな。何でメールの受信履歴が一つも残っていないのだろうか。

 突然電話が鳴った。ちょうど、電話をしようかなと考えていた彼方からのものだった。

「おーい。俺、もうずっと待ってるんだけど?」

 電話口からそう声が掛かり、疑問が益々膨らむ。

「待ってるって、何を?」

「はぁ? お前、まさか俺とのデート忘れてやしないだろうな」

 怒っているみたいだ。

「デートって? あれ?」

 ……そうだ。そうだった。すっかり夢に浸っていて忘れていた。

 現実は、ここだ。ここだった。

 彼方と付き合って、一年と半年くらいが経過。高校二年。秋。そして、康太とは単なる友達。というよりも、彼方の親友が康太だ。それで、鳥井さんは僕の、女友達。

 彼氏の親友である康太を好きになってしまって、苦しくなって、でもどうしても……僕と彼方を応援してくれている彼に想いは告げられないし、彼方にも申し訳がなくて、それで――何だったっけ、ああ、別れを告げようかと思ったんだ。

 昨日、電話して。でも別れを告げる前に喧嘩して。それでも彼方は僕をデートに誘ってきた。断ったけれど、いつまでも待ってるって言われて。凄く、胸が、もう、張り裂けそうに痛んでしまって……卑怯な僕は、携帯電話に残っていた履歴を全部消したんだ。電話帳の中身も、消して。康太とは絶対に結ばれないだろうからと、彼の連絡先も、泣きながら消して――ただ、彼方のだけは、消すことへ罪悪感があって残していた。

 それに、別れをまだ告げられていないから。それがどれだけ酷いことでも、きちんと話をしなければ。

「さっさと来いよ。もう四時間は待ってるぞ。本当はこうして連絡もしないでおこうかと思ったけど……寝坊してるのかもしれんって考えたらどうやらビンゴみたいだな。寝ぼけてないではよしろ」

「ご、めん……すぐ行くから」

 通話を切って、深呼吸して、まぶたを閉じた。

 本当に、これが、現実なのか。

 あれ、どうやって彼方と付き合い始めたんだっけ。

 ――思い出せない――

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