侵食された心
「死にたい」
――ああ、また言ってるよこいつ。
ベンチに座る背中が丸くなっていて、俯く顔に髪の毛で影ができている。手に持つ棒アイスが少しずつ溶けて、地面へ水滴を落とした。
「何で死にたいんだ」
もう何度言ったかわからない返事を繰り返す。
上げた顔はくしゃくしゃになっており、唇は震えていた。
「だって、生きていても仕方がないじゃあないか」
まだ俺たちは中学二年生なのにそんな悟ったような事を言われても困る。本当にこいつ、死にたいが口癖のようなもんだな。毎日のように聞かされるこっちの身にもなって欲しい。
「仕方あるだろ」
「……ないよ」
再び顔を俯かせ、背中を丸めるその様子にため息が出た。
「何でそう思うんだ?」
「だって、どうせいつかは死ぬし」
吐き捨てるように言われ、一瞬白目を剥いてしまう。ああ、面倒くさい。
「じゃあそれまで楽しめばいいだろうが。いつかそうなるからって今すぐ死ななくても」
「楽しくないよ」
「は? 何が?」
「生きていても、楽しくない。いいことだって何もない!」
ぐぅっと唸りながら背中を震わせ――地面に落ちる水滴が増えた。これは、泣いている、のだろう。
思わず眉を潜めながら、悲しそうにしているそこへ手を伸ばし、やさしく撫でてやる。
「何があったんだよ……」
返事を待つ。一瞬間が空いた。
上げてゆく顔。ほんのり濡れた睫の隙間からすっ、と見つめられた。
「何もないよ。ただ突然そう思ったんだ」
心の底からため息をつきたくなるが、堪える。こいつはいつもいつも、俺を困らせて楽しいのだろうか。
視線を逸らしベンチの背に頭をもたれ掛けさせると、夕焼けが見えた。学校の帰り道、公園のベンチに並んで長々と座る男二人……ああ、同じクラスの奴らにこの様子が見られていないといいけれど。絶対にホモだとからかってくるに違いない。
白い雲に、夕日の赤が映っている。ところどころ黒く、朱と橙が混ざり合っていて、綺麗だ。そこにカラスが三羽、翼を広げて三角形に飛んでいた。
気持ちを切り替え、うじうじとしているこいつにまた視線を合わせる。
「じゃあ逆に聞くけど、死んだら何の得があるっていうんだよ」
尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
「まっさらになれる」
――ああ、本当にこいつは、もう。ここまでしっかりと見つめてくる奴なんて、他にいないぞ。
「何だそりゃあ」
呆れながら言うと、視線を斜め上に向けながらぼうっと夢現で声を発せられた。
「嫌なんだ。どろどろとしたこの場所が。誰かと繋がらなければ生きてゆけないこの世界が。俺は一人で、ただ何もない空間に漂っていたい」
少々むっとした。一人で――か。
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