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笑えばお人形さんみたいなのにね。

名字名前がそんな風に言われる理由はいくつかあった。まずもって見た目。母親譲りの色素の薄さと父親譲りの天然パーマが上手くミキシングされ、その髪はふわふわした淡い茶髪。同色の瞳と日に弱い色白の肌、小柄な体躯と華奢な手足はお人形と呼ばれるのも頷ける。

しかし彼女があくまでお人形さん「みたい」どまりであるのはその条件節にある通り、滅多に笑わないためであった。
別に不機嫌なわけでも無感動なわけでもない。起伏の激しい方ではないし人見知りでもあるが、気持ちは人並みに動く方だ。ただ表情筋が死んでいるだけである。

喜怒哀楽もデフォが無表情、声を上げて笑うなど年に一度あるかないか。そして兄がいる影響で物言いもわりとぞんざいだ。そこそこに整った見た目とのギャップは大きく、冷たいだのお高く止まっているだのと言われることも少なくない。
しかし名前は確かに人見知りではあるが、気の強い女子でもなかった。メラニン色素とテンションが足りていないだけの普通の女子高生であり、いわれのない誤解や陰口に表情もろとも心の扉を閉ざしてしまうくらいには普通に傷つきやすくもあった。

愛想がなくて何が悪い。見た目に合わせた話し方をしなければいけないなんて誰が決めたんだ。
そんな風に思うものの一匹狼をやれるほどの度胸はない。わかりづらい彼女の機微を読み取ってくれるのは家族や長年付き合ってきた親友、あるいはわからなくとも受け止めてくれるおおらかさを持つ友人のみ。

名前はそう信じて疑わず、ある意味諦めてもいた。しかし表情筋が万年仮死状態なだけで彼女はやはり普通の女子高生であり、とあるきっかけで知り合った同い年の男子高生にすっかり懐いてしまうくらいには人懐こくもあったのである。


『センセーこれ地毛ですって。俺見てわかりマス』

きっかけはひょんなことだった。入学直後の頭髪検査、中学時代からお馴染みの検閲に引っかかるのは想定の範囲内であった。しかし中学の頃と違ったのは、親の一筆では済まされず地毛証明書を出せと要求されたこと。

立ちはだかる風紀担当教員に皆の前であらぬ嫌疑をかけられ、新生活第一歩から好奇の視線に晒される羽目になった名前は、ほとんど変わりない表情の下、諦めの思いで途方に暮れていた。
こういう時に表情筋が動かないのは損である。不良のレッテルを貼られてしまったらお終いだ。自分にはそれを引きはがすだけの天真爛漫さも明るさも皆無。

高校生活終わった。そんな絶望感にずぶずぶ沈んでいこうとしていた名前を引っ張り上げたのは、背後から飛んできた飄々とした声だった。

『マジで染めてたらもっと傷んでますって。パーマならもっと人工的デショ』

名前は珍しく驚嘆の表情を表に出した。間延びした声で、しかし的確に指摘してきたのは高一の当時ですでに見上げる程の身長をした色白の男子生徒。入学当初というのに若干緩められたネクタイが彼の今後の歩みを示唆しているようだったが、風紀委員にとってはそうでも名前にとってそこは重要ではなかった。

目を引いたのは短く切られた柔らかそうなピンクブラウン。友人にモンブランと称された名前の淡い茶色よりずっと珍しい、赤みの強い薄茶色だ。食えない笑みを湛えた切れ長の瞳は同じ色。

目を見開いて自分を見上げる名前をちらりと見やり、少年はわざとらしさを隠さない無表情に口元の笑みを添えて言った。

『根元も目ん玉もおんなじで、あーホラ色も白いし、これは完全シロっしょ。日焼けとか塩素弱くない?』

覗きこむようにして突然話を振られ、名前は状況を呑み込みきれていないなりにも慌てて頷いた。満足そうに笑みを深めた少年は我が意を得たとばかりに顔を上げ、突然の横槍に面食らっていた風紀の教員に向き直る。差し出された大きな手には、半分に折られた一枚の紙。

『ちなみに俺も一緒なんで』

よろしくお願いしマース。

言い残し、他の教員が四の五の言う暇も与えず、彼はあっさり検閲を通過していった。彼の背中を呆然と見送る名前の視界の端で、教員の手のうちでその用紙がぺらりとめくれた。

地毛証明書。その右横に並ぶ四文字の名前。

名前は顔を上げた。縮こまらせていた親譲りの髪を払い、一緒に恐れも振り切るようにきっぱりと告げることができた。

『証明書、明日必ず持ってきます』

名前は背筋を伸ばし、大股で検閲を突破した。本人比でいつもより引き締めた顔だけは、やはり相変わらず変化が乏しいままであったが。

名前は走り、走って追いかけた。彼女のものよりずっと長いコンパスでさくさく進んでいたピンクブラウンは、見つけることこそ簡単なれど追いつくことは容易でなかった。
そうしてやっと追いついた彼のブレザーの裾を引っ張った名前は、驚いた彼を軽く息を切らせて見上げ、見開かれたピンクブラウン、もとい花巻貴大その人に、自分の名を告げたのである。


160106
花巻さんで突発中編シリーズ開始。10話ほどで終了予定です。
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