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世界と世界の廻間。
ルキは何かから逃げるように、必死に廻間を走っていた。
周りにはいくつも、数えきれない数の球体、さまざまな形や大きさをした扉、また球体と扉がくっついたり繋がっていたりしているものが真っ暗な空間に浮いている。これらは無限に存在するいくつもの世界。そして、パラレルワールドである。

「銀狼...何処にいるの!?」

ルキは無限に存在する世界を瞬時に見極め、銀狼が何処にいるか探している。
突然近くでパンッ..と何かが弾ける音がする。


「此所にいたんですね、“廻間の姫”」

今の音は、廻間の壁を他者が破り侵入して来た時の警告音だ。
ルキを“廻間の姫”と呼ぶ、顔だけ此所に存在するこの男は世界または時間軸、世界の壁を越える事ができ、尚且つ廻間に干渉する程の“力”を持つ事になる。

「私はあなたに用は無い。自分の在るべき世界へ帰りなさい」

「嫌ですねえ、散々研究を重ねたんです。あなたに再び会うために」

眼鏡の奥の瞳から狂喜さえ感じさせる男。
実はこの男には、前にも必要以上に追い掛けまわされた事がある。前回はまぐれで廻間に来ていたが、今回は彼の存在する世界が其れほどの化学力を持ち合わせたらしい。

「廻間の姫よ、どうか自国の繁栄のため私にあなたを解剖..いや是非とも研究させて下さい」

いつの間にか男の右手が現れてルキの頬をいやらしい手付きで撫でている。その行為に悪寒が身体を走り抜ける。
まるで絵に描いたような狂った化学者。正直言って受け付けない。

「あなたに研究される気はまったく無いので在るべき世界へ帰って下さい」

だが、ルキはそんな彼にでも攻撃はしない。
廻間に存在できる程の力を持つ者が簡単に他世界の者や出来事を変えてしまうのは禁忌となる。ルキが其れを犯せば、魂の契約をする銀狼に全て反るのだ。

「そんな事を言わずに、大人しく私にその体に流れる“化物の血”を見せてください」

気が付けば男の身体は全てがこの廻間に存在している。逃げようとした時にはもう遅く、ルキは男の腕の中で胸元には綺麗に研かれたナイフが突き付けられていた。

「っ...その命が惜しければ、大人しく帰りなさい」

突き付けられたナイフは静かにルキの肉をえぐり、赤い血を流させる。
その気丈としたルキの反応は、男の思い描いていたものでは無いために少し苛立ちが見える。

「痛いなら痛いと泣き叫んでくださいよ。私は弱者をいたぶるのが好きなんですから...」

楽しそうに歪んでいる男の顔を見て、ルキは小さく笑った。
するとルキの周りにキラキラと光耀く銀風が集まりだして、ゆっくりと膨張していく。

「あなたはバカね、この無限に存在する世界よりもこの廻間の方が上なのがこの世界の理。ゆえにあなたにとって私は“弱者”ではない」

膨張した銀風は、彼の在るべき世界共々破壊した...パリンッと音がし、気付けば近くに在った世界を巻き込んでいた。
慌てた様子もなく、ルキは巻き込んでしまった世界を守るように銀風で包み込んだ。

「皆いい迷惑だネ★さて、あいつの世界もゼロから再生し直して...廻間に来ない世界にしよう」

そう呟くと、銀狼との魂の契約で借りている、世界の廻間に住まう彼の役目を代わりにまっとうする。
銀風とはまた別の能力、無限に存在する世界を守護する、また世界の強制管理を許された神のみが持ち合わせる能力。
銀狼と魂の契約をしたルキは、ある意味では“彼に愛された神子”でもあるのだから。

「うん、いい感じにできた!」

するとルキの髪を撫でる銀色の風が吹き抜けた。かと思うと、頭に少し重いものがある。

「何してやがる、ルキ」

人の姿をした銀狼がすぐ後ろに立っている。頭に乗っているのは彼の手だ。振り返って彼を見上げれば、いつもよりも恐い顔をした銀狼がそこにいた...。

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