交差しない感情たち


「すみまっせーん。アパ不倫会場って此処で合ってますぅー?」

相変わらずの死んだ魚の目をして、銀時は木刀を持つ手に力を増した。



数分前。
ホテルのボーイから無理矢理情報を聞き出し、鍵なんてまどろっこしい物を振り払い力任せに愛刀を扉に振りかざした。その扉の先にはベッドでぐったりした様子の千春と、冷ややかな目を向ける千鳥がいる。
その光景に、砕けた口調とは裏腹に銀時の中で静かに闘志が燃えていく。その感情が何から来るものかなど、考える余裕なんてない程に。


「ぎ、銀さん…」

「ほんっとお前さー、普段は何でもありませーんって顔でヘラヘラ笑ってくるせによォ、いざって時に銀さん助けて〜なんて、都合良すぎるんじゃねぇの?」

「ぎ、」

「でしたら、どうぞお気になさらず。貴方は貴方の生活に戻ればいい。万事屋、でしたっけ?いつも通り善意を振りまけばいい。」

「はあ〜???助けてー、って言われる原因の奴が何言ってんだ。」


千春が口を挟む隙もなく、銀時の口から言葉は紡がれる。それは苛々としているのを隠そうともせず、だけど冷静さを必死に保とうとしているようにも見えた。

チラリと千鳥の視線が銀時の後ろを確認すると、無表情で立つ銀時の背後で、ホテルの従業員が慌ただしく駆けて行くのが見えた。きっとすぐに警察に連絡するのだろう。面倒な事を、と思わず千鳥の口から舌打ちが漏れた。こんなに早く毒が引くわけがない。

「……あの男ですか。」

「あん?」

「解毒剤でも貰いました?結局、何だかんだと言ってもお仲間が死ぬのは嫌らしい。全く、素晴らしい友情ですね。」

「ハッ!そういうテメェは一人ではしゃいで楽しいのかよ。何企んでるのか知らねーけど、悪い事すんなら他所でやってくんない?」


銀時は握りしめた愛刀を肩に担ぎながらそっと左足を後ろにひく。いつでも動ける姿勢を保ちながら、千鳥の出方を伺った。もしまたあの弾丸を受けたなら、少し厄介だ。傷の痛みならまだ我慢できても、毒となれば気合いでどうこうなるものでもない。
掠めたり貫通すればまだ良いが、体内に弾が残っても面倒なことになる。ただでさえウチには心配性の従業員がいるのだから、傷は無いに越したことはないのだ。

そんな銀時の思惑とは裏腹に、千鳥が取り出したのは一本の刀だった。美しく黒く輝く鞘に収められた銀色の刀身が、ゆっくりと抜き出される。随分と丁寧に扱われてきたらしいというのは、銀時の距離からも十分に見て取れた。


「侍という生き物は、どうしていつも私の邪魔をするのか」


伏せられた長いまつ毛の奥で、静かに闘志が燃えていくのを近くにいた千春はゾッとするほど感じ取った。先程まで纏っていた空気は勘違いだったのかと思う程、今の千鳥には一切の情のかけらが見当たらない。

「嫌がる女無理矢理引っ張ってそれを邪魔するな、てか?随分な言い分だなオイ」

「……理解して欲しいとは思わない。特に、貴方には。私の人生は私のものだ。私は、私の好きなように生きる。」


誰かを思い遣ったり、結果を嘆いたり、理不尽な待遇に絶望するのはもうやめたのだ。命は突然、何の因縁もなく消えてしまうことを千鳥は嫌というほど経験してきた。だからこそ、自分のために生きようと。自分を守るために生きようと色んなことに目を瞑って自分本位に生きてきた。他者への感情など、何の意味もないと知ってしまったから。

「ーだから、」

チラリと視界の端に思い人を映し、そして騒つく心臓に無理矢理気づかないふりをする。そうだ。理解などいらない。無理矢理でもいい。とにかく側に、側にいればそれでいい。その先の事など、いまは何も考えたくないのだ。


「邪魔をするな!白夜叉!!!」


人に恨まれ、人を救い、人から愛され、人に囲まれている夜叉に、自分の気持ちなど、分かるはずがないのだ。

Azalea