灯火に惹かれる


自分たちは生まれてきてはいけなかった。

それが父の口癖だった。宇宙にある星を自由に行き来できる自分たちの種族は、その力の危険性が故に、周りから忌み嫌われ幕府からは一族全員の抹消を命じられていた。ずっとずっと、静かに息を潜め誰にも気づかれないように生きていた。堂々と太陽の下を歩く事は出来なかったし、友達を作ることもできなかった。ただひたすら、存在を消すためだけに生きていた。


自分の人生に意味があるのかと、ふと疑問に思ったのは家族が公開処刑された時だった。時空を飛び越え江戸に有害な物質を持ち込んだと疑いをかけられたのだ。幕府のせいでひっそり消していた息は、何の意味ももたなかった。抵抗する術もなく、否、抵抗する感情さえも最初から用意されてなどいなかった。


一人逃げ果せた千鳥は江戸から遠く離れ、様々な星を渡り歩いていた。そうした中で、何故父が命の危険を冒してまで江戸に拘るのか、益々分からなくなった。江戸に執着しなければ、家族は生き延びることができたかもしれないのに。何百、何億あるうちの一つの星である地球など、ましてや幕府などという小さな組織なんて。従うに値しない、ちっぽけな存在だった。


「君は、そんなにあの幕府が憎いのかい?」


高杉晋助という男に出会ったのは、運命なのか偶然なのか。独特のオーラを纏ったこの男は、不思議と自分は嫌いでは無かった。高杉の目は深く、暗く、それでいてゾッとする程美しかった。あの目を自分は知っている。かつて絶望に苛まれた自分にハッキリと、江戸に残ると伝えた父の様な、迷いの無い、孤高の瞳だ。


「ただ壊してぇのさ、この国を」

「…へぇ。それで、君には何が残る?」

「何にも。」


自分たちの視線の先には、この国の将軍様とやらがいる。何十人もの護衛に囲まれ、国民から尊敬され、疎まれ、妬まれ、そうして彼はこの国をどれ程思っているのだろうか。


「何にも残りゃしねぇだろうよ」


そう言って踵を返す高杉の背中を、千鳥は少し迷ってから追いかけた。この男は自分と同じだ。そして正反対でもある。一人は平気だと笑うくせに、高杉の背中には沢山の人が列をなしている。誰もが高杉の眼に惹かれ、恐れながらも必死に後をついて行っている。

その先にあるのは何だろうか。
壊されたこの世界で、彼は何を思うのだろうか。何を得て、何を失うのだろう。千鳥はやがて歩を止め、高杉の後を着いていくのをやめる。壊したい。奪いたい。許せない。暴れたい。大まかな目的は、きっと一緒だ。側にいればお互いにとってメリットも多いだろう。

だけど、と千鳥は思う。だけど高杉と自分では、真に求めているものが違うのだ。そんな当たり前の事に気づくのに、少し時間を食い過ぎたらしい。
江戸と似て非なる地球に降り立ち、千春という女と出会い、千鳥は悔しくて泣きたくなった。高杉と自分は違う。その決定的な違いはコレだった。


    愛したかったのだ、自分は。


政治の絡む取引や、世界を相手に取るような大きな戦争や、過去の自分の柵とか。そういうものを全て捨てて、自分は愛したかった。愛されたかった。かつて父が出来なかった事を。かつて自分が得られなかった事を。自分は、成し遂げてやりたかったのだ。


「千春さん、貴方は…」


何を失っても得たい人だった。


「すみまっせーん。アパ不倫会場って此処で合ってますぅー?」


例えそれが、この鬱陶しいくらいに銀色に輝く侍を怒らせることになったとしても。


Azalea