プロローグ
ーーーーフランス・某所
「だから!あの女は!信用するなっつってんだ!!」
「だー!今はそんな事言ってる場合じゃねぇーだろ!」
「誰のせいだ、誰の!」
普段は静かな夜の街を、切り裂くようなサイレンの音が鳴り響いた。屋根の上を身軽に飛び越え音から逃げようとするのは天下の大泥棒、ルパン三世に相棒の次元大介だ。
折角お目当のダイヤを手に入れたというのに、最後の最後に不二子に裏切られ銭形に追われる。毎度お馴染みのこのパターンに次元はうんざりとした顔でルパンを睨みつけた。
「どうすんだ!逃走用の車は不二子が乗って行っちまったぞ!」
「どうすっかなあ〜」
焦る次元とは裏腹に、ルパンの呑気な声が振り返る。常にマイペースなこの男と長年相棒を組んでる次元でさえ、未だにルパンの考えは理解しきれない。ルパンとて、不死身ではないはずなのだ。
屋根が途切れ路地裏に着地した二人。安全地帯にも思えたが、ルパンの強烈なファンもとい銭形はまだ巻けないだろう。さてどうしたものかとキョロキョロと周りを見渡す。するとガタッとした音が響き、「お?」「あ?」二人はほぼ同時に声をあげた。
「ルパン!こっちだ!」
目の前のマンホールが動いたかと思うと、中から初老の男が顔を出した。何処かで見た事がある顔だ。次元が記憶を辿る前に、ルパンがするりと横をすり抜け男に続くようにマンホールの中へと体を滑り込ませた。
「お、おいルパン!?」
「次元も早く来ねぇと、とっつぁんに掴まんぜ〜」
ヒラヒラと手だけ残し姿を消す相方に小さく舌打ちをして次元もそれに続いた。きっとルパンの知り合いなのだろう。隣で息を呑む気配がしたのを次元は敏感に感じ取っていた。
***
マンホールの下は驚くべきことに綺麗な部屋が存在していた。窓がないだけで、家具も空気も至って普通の人間が住む部屋だ。思わず顔を合わせた二人は男に勧められるままソファへと腰掛ける。黒革の、高そうなソファだ。
「どうなってんだ、こりゃあ」
「驚いたかな。ちょっとした仕掛けをしていてね。ここの存在は私しか知らないから安心してくれたまえ。」
「相変わらず隠し部屋作るのが好きなんだなあ、ロジー」
ロジー。ルパンの口からそう呼ばれた男は嬉しそうに目を細めた。「覚えていてくれたのか」二人の前にコーヒーを置いたロジーは対面するように腰をかけた。白髪の髪に笑うたび刻まれる皺はルパンよりずっと上に見える。
「知り合いか?」
「昔よく世話になったんだよ。ロジーは空間の奇術師なんて言われててよ。こんな風に隠れアジトを提供してもらったりな」
「ほぉー」
「随分と昔の話さ。数年前まで足を洗って執事をしていた位にはね。」
ふふふ、と穏やかに笑うロジーは成る程確かに何処と無く執事の品格が垣間見えた。きちんとした身のこなし、几帳面に並べられた家具の配置。凛と伸ばされた背筋は老いを感じさせないほどシャキッとしている。
「それで?その執事さんが俺に何の用だ?まさか昔話しようってんじゃないだろ?」
「そう、そうだとも。ルパン。君にお願いがあるんだ。」
「お願い?」
ルパンの問いかけにロジーの顔から笑みが消える。雰囲気を察しルパンも態度を変えた。これは“お仕事”の話だ。ロジーが懐に手を伸ばし二枚の写真を取り出した。
「こいつを盗んで欲しいんだ。」
写真に映されたのはキラリと輝く宝石が埋め込まれたネックレスと、双子の女の子の姿だった。