02



「お疲れさん」
「・・・・・・」
「俺の個性で、この野郎の個性を消したから、もう大丈夫だ」
「個性を?」
「自分が落とした物を拾った相手を的確に追えるんだと・・・、この鍵に覚えはあるか?」
「・・・・あ、」
「あるんだな」
「はい」
「まぁ、そういうことだ」

ぐるぐる巻きにされた男は気絶しているのか全く動かないまま、その人に引きずられ裏通りでも比較的広い道に転がされた。このまま警察に引き渡すとのことだった。街灯のもとで、やっとその人をちゃんと見ることができたが、自分の数少ないヒーロー知識ではわからない人だった。

「あの、ありがとうございます!!」
「どういたしまして・・・・って、あんた」
「?」
「もしかして、藍川ニーナさんですか」
「・・・・よく、わかりましたね」
「声もよく似てたんで、もしかしたらなんて・・・って、え?」
「藍川ニーナであってます」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの、何かお礼を」
「・・いや、そういうのいいから」
「でも、突然仕事をお願いしちゃったようなものですし」
「別に仕事だからやったってわけじゃ」
「・・・・・でも、」
「・・・なら、・・・・サインもらえますか」
「いいですよ?でも、お礼には」
「いや、十分すぎます」
「・・・・わかりました。今、書ける物を持ってないので、警察に引き渡した後買って来てもいいですか?」
「俺が買ってきます」
「それじゃ意味ないですよ」
「・・・いえ、そこまでは」
「それと、敬語なくていいですよ?」
「・・・・・」
「?」
「藍川ニーナさんに、そんな話し方はできな」
「では、藍川だと思わないでください」
「・・・・?」
「愛繋新零です」
「・・・それ、」
「本名です」
「俺に言っていいんですか?」
「たぶん?」
「・・・・・・・」
「名前、聞いてもいいですか?」
「・・・・相澤消太です」
「消太さん」
「?!」
「どうかしました?」
「・・・いや」

目を見開いてから、ばっと顔をそむけられたのを不思議に思いつつ警察の到着を待った。
引き渡しは思ったより簡単に済み、私もすぐに帰宅していいようだった。その時、聞こえてきたイレイザーヘッドというのが彼のヒーロー名なのだろう。私が本名を名乗ったからか、彼も本名を名乗ってくれたのだろうか。

「コンビニに色紙、売ってましたよね」
「コンビニ、行くのか?」
「普通に行きますよ」
「・・・」
「・・・なんか、夢を壊すようなこと言ってますか?」
「いや、まだ実感がわかないだけだ・・。テレビの中の人だからな」
「そうですか。でも、私にとってヒーローも似たようなものですよ」
「街中にヒーローなんていくらでもいるだろ」
「いくらでもいませんよ」

いくらでもいない。東京には特に多くのヒーローがいるのは確かだ。大きな事件が起きるのも都心が多いため、自然と事務所の設立も多くなる。それでもこの30分間、彼以外誰も助けようとしてくれなかった。ヒーローがいるから一般人は助けてくれないという考えもたまに思ってしまう時がある。ヒーローが来てくれるから自分が助ける必要はない・・・それは、どこか違うような気がする。そう思うのは綺麗事なのかもしれないけれど。

「しかし、消太さん」
「?」
「髪も藍川とは違うしメイクもしてないのに、よくわかりましたね」
「声でわかる。・・・化粧してないと」
「してないと何ですか?」
「幼く見えると思って・・・いや、気分を害したならすまん」
「いいですよ。わざと普段はそういうメイクなので・・・その方がバレないと思ってたんですけどね」
「・・・・・・」
「キャラづくりというやつです」
「・・・・・」
「アイドルだって言われても、本当は歌えたらそれでいいんです。バラエティやモデルの仕事はしたくない。CMやタイアップがギリギリですね」
「今後もか?」
「今後もです。見たかったですか?」
「俺は、歌が聴けるならそれでいい」
「・・・それは、嬉しい言葉ですね。ありがとうございます。そもそもどうして、テレビに出る人だからという理由でプライベートをペラペラしゃべったりしないといけないんですかね」
「ごもっともだな」
「消太さんも、そう思うんですか?」
「まぁな」
「不思議ですね、消太さんには色々話しちゃう」
「・・・・、そこを曲がるとコンビニが」
「この辺り詳しいんですか?」
「一応」
「私は、この辺り来たことがなくて。東京はやっぱり狭いのにごちゃごちゃしてますね。5年経っても慣れない」
「北海道出身だったか?」
「はい」

ちらちらとこちらをたまに見る消太さんは、私のファンなんだろうか?歌を評価してくれるのはすごく嬉しいことだ。先ほど見えた縁からして、あまり女慣れしていないのか、私がアイドルだからか少しそわそわしているように見える。

「消太さんは何歳ですか?」
「今年22」
「2つ上ですね。私は今年20です」
「知ってる」
「ふふっ、そうですね」

結局、彼と一緒にコンビニまで来たあげくご丁寧に彼が扉を開けてくれた。色紙とサインペンを手に店内を見ていると、お酒のコーナーに立っている消太さんを見つけて横に並んだ。

「買うんですか?」
「祝い酒にな」
「私も早く飲めるようになりたい」
「酒やけするぞ」
「そんなに飲みませんよ」

どこかくたびれた様子だとか、髭だとかで、もう少し年上かと思っていたが2つ上というのは正直驚いた。

「二十歳になったら、大人の先輩においしい酒教えてもらえよ」
「じゃぁ消太さんが教えてください」
「・・・は?」
「?」
「・・・・」
「どうかしました?」
「・・・いや、ほらさっさと会計すますぞ」
「あ、待ってください。お菓子買いたい」
「・・・・・」

私がお菓子を選んでいる間、何も言わずに待っていた彼に選んだお菓子も色紙やサインペンも持って行かれ、さっさと会計まで済まされた。口を挟む暇もないまま店の外に出た。

「・・・・・狡い」
「狡くないだろ」
「私が貴方にお礼をするのに」
「だから、サインで十分だって言ってんだろ」
「・・・・それじゃ」

私が納得できない。お願いしますと差し出された色紙にサインを書いて、消太さんへと名前も書いた。転売防止のための必須項目。書いてる間、消太さんは手持無沙汰なのか私が選んだ季節限定のお菓子を“こんなもん食うのか”という顔で眺めていた。

「私のサイン。かなりレアですよ?」
「知ってる。だから、これで十分だ」

大したことじゃないと彼は言うが、私にとって、今日はとても大切な日だ。むしろ彼からサインが貰いたいくらい。もう一度お礼を言って彼から少し離れた。

「では、大通りでタクシー拾って帰ります」
「おう、気をつけろよ」

手を振れば軽く手をあげてくれた。すごく気分が良い、自分に自信を持てるような満たされるような・・・と、上機嫌だった私の手を横道から出てきた酔っぱらいのおじさんが掴んだ。全身に鳥肌が立つような嫌な感じに振り払おうと手に力を入れた時だった。後ろから「人の女に勝手に触ってくれるな」と肩を抱かれ、おじさんに握られていた手は簡単に解放された。頭上にあるだろう彼がどんな顔をしていたのかは知らないが、怯えた様子でいなくなったおじさんに、ざまぁみろと心の中でつぶやいた。

「悪い、勝手なこと言った」
「2回も助けてもらうなんて、ありがとうございます。消太さん」
「礼はもういい・・というより、気をつけろって言っただろ。言った傍からなんだ」
「不可抗力です」
「そうかもしれないが、この辺りは・・・いや、もういい大通りまで送る」
「・・・消太さん、すごく面倒見いいですね」
「それは、褒めてるのか、お節介だっていいたいのか」
「前者です」
「・・・・・・」

しかし、嫌なものを見た。あんな汚い人間関係吐き気がする。握られた手も、なんだか気持ち悪くて鞄に入れているウェットティッシュで拭いていると、彼が、ちょっと引いたのがわかったがこればかりは何も言えない。

「消太さん、口直しに握手してください」
「・・・口直し?」
「握手も立派なファンサービスです。サインよりレアですよ」
「・・・・・・さっき握ったけどな」
「そうですね、立たせてもらいました」
「俺も変わらんだろ」
「そんなことありませんよ!!消太さんの色は信用したいし、かっこいい人とするのは一緒じゃないです」
「・・・・・・」

彼が困惑した顔をした理由がわからないまま、差し出してくれた手を握れば、やはり良い縁が見える。もちろん暗い色もあるが、彼がヒーローだからだろう。それ以上に見える良縁に安心する。もちろん彼にとってだが、きっと彼は悪い人ではない。マネージャーからよく女の勘は当たるのよと言われたが、今回は自分の勘を少しだけ信じてみようと思った。まぁ、マネージャーの個性が“直感”なのだから女の勘とは別次元なのだが。

「なんとなく、藍川ニーナがファンサービスできない理由が分かった気がする」
「あ、ばれました?」
「しない方が賢明だな」
「皆に同じようになんてできないんです。個性上というか性格上というのか」
「・・・・・・」
「そんな藍川嫌ですか?」
「今は、藍川じゃないんだろ?」
「・・・・・じゃぁ、これはファンサービスじゃないですね」
「普通に握手でいいだろ」
「なんだか良くわからなくなってきた」
「ふっ、そうだな」

にやっと笑った彼が、年相応に見えた。「未成年がふらふらこんな時間に歩くんじゃねぇよ、とっとと帰れ」と歩き始めた消太さんを追って大通りへ向かった。

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