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今日は一体なんだったんだ
冷静に考えろ・・・夢じゃない、手元に残っている藍川ニーナのサインは本物だ
同期にゴリ押しされたアイドルというより歌手だろと思うほどの歌唱力に気づけば自分もはまっていた。北海道出身故に北の歌姫なんて言われている藍川ニーナ。今をときめくトップアイドル。ヒーローとしてではなく、歌だけで人を魅了する・・・。

「夢じゃない・・・」

騒がしい表通りから裏道に入った先でぶつかった女が藍川ニーナだなんて誰が思う。いきなりヒーローかと聞かれたのは予想外だったが、街灯の下で顔を見て声を聞けば信じられなかった。挙句、本名まで聞いて握手やら何やらコンビニまで言って、調子いいことまで言って・・・結局、タクシーまで見送って。なんだっていうんだ。まさか、明日の芸能ニュースのネタにされるんじゃないかとまで疑って、そんな風には全然見えなかったと首を振った。

「色って言ってたな」

握られた手を見るが、彼女には何が見えていたのだろうか・・・個性が関係しているのだろうが・・・・。しかし本当に、なんという日なんだ。もう一度、色紙に手を伸ばして両手を伸ばして顔の前に持ってくる。彼女のサインはファンクラブ会員に毎月抽選で3人にしか当たらないレアなものらしいが。
・・・・・・・ん?

袋に丁寧に戻してあった色紙を裏返すと2枚目の裏に落書きがあり、“こっちも”と書いてある。よくわからないまま丁寧に袋を開けて1枚目の後ろから2枚目の色紙を出せば、開いた口が塞がらなかった。

今日は、一体なんなんだ・・・そう、1日に何度思えばいいのだろう

愛繋新零(マナツナニーナ)とご丁寧にルビの振られた本名が書かれた下には電話番号が書いてあった

“おいしいお酒、楽しみにしています”


あれが本気だったとは思わなかった

いや、いいのかアイドルがこんなことして事務所に怒られるんじゃないのか?
これは、どうしろと・・・・


そう思いつつ、電話した自分も現金なやつだと思う







「相澤です」
「愛繋です・・・電話くれたんですね」
「あの・・いいのか、こんなことして」
「事務所ですか?さっきマネージャーには許可貰いましたよ?」
「・・・・・・」
「こちらにも色々とあるんです。大丈夫ですよ」
「・・・・・・」
「驚きました?」
「当たり前だ」
「今日、連絡もらえるとは思ってませんでした」
「日が空くと余計しづらくなるだろ」
「どっちにしろしてくれるつもりだったんですね」
「うっ・・・そりゃぁ」
「私が藍川だからですか?」
「・・・・それもあるが」
「?」
「今、電話して愛繋さんに繋がって、良かったって思った」
「それは、嬉しいですね。・・・嫌じゃないですか?突然知らない女に、こんなことされて」
「それがまったくだ」
「・・・・私も、消太さんに肩を触れられたとき嫌じゃなかったんです。いつもなら叩き落としたくなるんですけど」
「・・・・・」
「また会ってくれますか?」
「誕生日が来たらな」
「随分先じゃないですか」
「それくらい我慢しろ、コンサートもあるんだから忙しいだろ」
「・・・・コンサート来ます?」
「いや、俺は静かに家で聞く方が好きだ」
「私の声、そんなに好きですか?」
「あぁ」
「・・・・そ、そうですか・・・。あ、あの」
「何だ?」
「この番号、登録してもいいですか」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「じゃぁ、未成年は寝る時間だな」
「2つしか違わないじゃないですか」
「そうだな」
「消太さんも早く寝た方がいいですよ」
「へいへい」
「では、おやすみなさい」
「・・・・・おやすみ」

電話を置いて、耳をこすった。なんだこの恥ずかしさは、耳元から聞こえてくる声がこそばゆかった。なんとなく暑いのは酒のせいにして、信じられないような1日を終わることにした。これは、コミックか?小説か?なんで、俺なんだ?顔にかかっていた髪をかきあげて、ぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

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