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インターホンの音に気付き、面倒ながらに受話器を取ればエントランスにいる人物が画面に映し出された

「はい」
「初めまして。相澤消太さん?」
「・・・・何か?」
「・・・・・娘が、お世話になっております」
「雄英の」
「いえ、そうではなく」

否定されたことに少し驚き、他の可能性を考えて残るのは1つだけだった

「新零の母親です」

そう言われて、お世話になってますと、簡単に言えるはずがなかった
とりあえずロックを解除して、部屋まで招き入れた。後で新零に何を言われるかは、わからないが追い返せるほど2人の仲を自分は知らない。

「娘は、元気でしょうか?」
「はい、日常生活に差しさわりがない程度に」
「そうですか・・・」
「あの」
「はい」
「今回は、どういった用事で」
「・・・会ってくれるかわからないけれど、娘と話がしたくて」
「・・・連絡してみます」

彼女の母親が新零に会いに来たのは、結婚して1年半が経った時だった

「これから家に戻ってくるみたいなので、もう少し待ってもらえますか」
「・・・会ってくれるのね。わかったわ、ありがとう」

驚いた様子を見せながらも少し嬉しそうに見えた

「新零さんとのこと、挨拶にも行かず、すみませんでした」
「いいのよ。あの子が必要ないって言ったんでしょう?」
「それは、その通りですが」
「いいの、本当なら会いに来るべきでもなかったの。手切れ金まで渡されてるんだもの」
「手切れ金?」
「私ね、再婚して子供もいるの。でも、再婚した数年後に彼が殉職して、生活費に充てがなくなって、あの子に頼んだの。そしたら、妊娠期間と一緒にいた時間分だけ計算されて渡されたわ」
「・・・・」
「あんまり話さないでしょうね、そういう話」
「・・・初めて聞きました」
「・・・・実をいうと、あの子が結婚したってこと戸籍を見て気づいたの」
「え」
「気づいたら名前がないんだもの。今回こちらに来るときも、あの子がアイドルをしていたころのマネージャーさんに無理を言って教えてもらったの」
「・・・・・・」
「あの子、1人じゃないのね。仕事を辞めて、どうしているのかと思ったら」
「今は、俺と同じ高校で補助教員をしています」
「そう・・・上手くやってるの?」
「生徒からも人気がありますよ。休みの教師の変わりに授業をしたり、生徒の作品に助言をしたり」
「あの子が教師をね・・・」
「・・・・・・」
「新零の個性のことは?」
「聞いてます。ですが、人と人との縁のことは周りには伏せていますが」
「・・・・そう」

あまり似ていない。そういえば、隔世遺伝がどうのと言っていたが、確かに似ていない。
落ち着いた雰囲気には見えるが、顔色には疲れが見え何かしら苦労しているのだろう・・・再婚相手に先立たれたのも大きいのかもしれない。そもそも彼女の母親も新零と同じように暴力を受けていたのだ。

「消太さんは、ヒーローをされてるとか」
「・・えぇ」
「・・・母娘そろって、相手にヒーローを選ぶなんてね。離れても血縁は血縁ってことかしら」
「・・・・」
「・・・・あなた、本当に新零のことが好きなのね。見なくてもわかる」
「・・・・」
「私が、あの子を父親のもとに置いて行ったこと。怒ってるんでしょう?」
「当然です。あなたには先が見えていたはずだ。娘への暴力がエスカレートすることも、最悪の事態だって予想できたはずだ。それにも関わらず、新零を置き去りにして自分だけ逃げだした」
「私だって怖かったのよ」
「親としての責任は果たすべきだったと俺は思います。新零には、あなたしかいなかった」
「どうかしらね。あの子は、他人への感情がひどく薄い子だった。素直だから、いつも嘘つき呼ばわりされて、1人でいたわ」
「なら、なんであんたが傍にいてやらなかった」
「・・・・・・あの子も私と同じ個性だもの」
「・・・・」

自嘲気味に笑った彼女の母親を見ていると、玄関でガチャリと音がした。
「ただいま」と部屋に入ってきた新零は、俺にそういった後、表情を変えて母親に詰め寄った。怒りでも悲しみでも恨みでもなく、ただ何でもないものを見る顔だ。

「何の御用ですか?」
「久しぶりね、元気そうで良かったわ」
「・・・・・」
「結婚するなら手紙の1つでもくれたら良かったのに」
「・・・・・お金は、もうお支払いしたはずですが」
「えぇ、あの時は助かったわ。ありがとう・・・息子も、もう高校生よ」
「そうですか」
「今日、会いに来たのはね、ただ、あなたの顔を見に来ただけなの」
「・・・・」
「そしたら、結婚してるって聞いて相手の方のことも見て見たくて、家まで来たの」
「・・・・」
「前までは、テレビや情報誌を見れば貴女のことを確認できたけれど、辞めてしまったら確認することもできなくて、どうしているのかと思って」
「・・・・何を今更」
「そうよね。私も最初のうちは貴女をテレビで見るのも嫌だったわ。でも、今は、あの子が大きくなるのを見ているうちに私も大人になれた」
「・・・・」
「やっと貴女と向き合えるようになった」
「そんなことを言われても、はいそうですかなんて思うと思いますか?」
「いいえ」
「・・・・・・私の顔も消太さんの顔も見たんだから、もう帰ってください」
「・・・・・そうね、そうするわ」
「・・・・」
「帰る前に、」

すっと俺の前に差し出された手を迷わずにとった。彼女の母親が、優しく笑うのを新零にも見えただろうか?あれ以上、新零は何も言わなかった。玄関先の見送りにも来なかった。

「消太さん、新零のこと、・・・娘のことをよろしくお願いします」
「・・・はい、ご心配なく」
「あなたも気を付けてね」
「ありがとうございます」

これで本当に良いのだろうかと思った。閉まったドアに鍵をかけてリビングへ戻れば、机に突っ伏している新零がいた。

「いいのか?もう会えないかもしれないだろ」
「別にいい」
「母親だろ」
「いい・・・」

感情のこもらない返事には、彼女なりに何か理由があるのだろう。俺も彼女の母親を責めてしまったが、後悔している様子は確かにあった。それでも置いて行かれた新零にとっては、そう簡単に整理のつく話ではないのだろう。
あれは確かに娘を思う母親の顔だった
さっき握られた手を彼女の頭の上に置いた、あの人にはいったいどう見えたんだろうか?

「・・・似てないでしょ?」
「あぁ」
「個性だけは、一緒なの。だから、私はあの人の娘なんだなって思う」
「・・・・」
「あの人たち、ずっとすれ違ってた。お互い、まだ気持ちがあったんだよ」
「・・・・」
「それを伝えたくても、あの人たちは私の話なんて聞いてくれなかった」

置いたままだった手で頭を撫でた

「・・・・今更すぎ、何あの自己満足」


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