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明翠さんが的場さんに会いたくないのはなぜだろうか
もしかしたら、おれが邪魔をしているのだろうか
的場さんが何も知らずに消してしまったら・・・
あの2人は、仲が良かったと名取さんも言っていたんだ
そんなこと、いいはずがない

なんとしてでも、間に合わなければ


「!」

呻き声だろうか?
地響きの様に低い音が聞こえてきた
草をかき分け、森の奥へと進む
ところどころに点々と赤いものが見えた

「・・・・・・・・・・!」

「!!」

「おや、誰かと思えば、貴方でしたか」

「・・・・・」

「・・・今、取り込み中なので用件は後程」

ちらりとこちらを見た男は、また正面を向いた

点々とした赤い血は、そこへと続いている
奥でうごめいている影は、
おれが最後に見た時よりも大きく禍々しく殺気立っている

的場さんとの距離を詰めた

「見学していきますか?・・・あぁ、少々手古摺りましてね」

左手からポタリと垂れている血に目を付ければ
少し笑ってそう言われた

「この妖とは、これが3度目なんですよ。ですから、くれぐれも邪魔はしないでください。これ以上、時間は割きたくありませんから」

破魔矢の刺さった妖が、黒く蠢いた
低く唸り声あげ、息を荒立てる

呆然としてしまうほどに
ぼろぼろで弱り切った妖に声がでない
すぐにでも止めなければならないのに

「・・・っ、邪魔をするなと」

「・・・・・ぁ」

静止の声を無視して妖に近づいた
こんな
こんなに・・・

他にも方法があったはずだ
少なくとも名取さんなら、こんな方法はとらない

「その妖は、人を喰らいますよ。近づくことはおすすめしません」

ざっざっと歩く音がして、近づこうとするおれの腕を後ろへ引き
以前に見た懐刀をとりだした

「やめてください!」

「何も知らない君に口を出される筋合いはない」

「知ってます。だから、おれは貴方を止めに来たんです」

「・・・何を知ってるというのですか?」

「名取さんに、明翠という女性について聞きました」

「・・・・・」

「明翠さんは、まだ生きています。あの妖の中にいるんです!!」

「何をおかしなことを、そこまで知っていて生きている?
 笑わせないでください。
 明翠は、あの妖に喰われたんです、4年前に
 そして、私は、その翌朝にこの妖を仕留め損ねた」

「本当なんです!!記憶のほとんどを失っているみたいですが、的場さんのことを覚えていました!!自分が人間であったことも!」

「そうだとしても、思念が妖に残ったに過ぎないでしょう?
 身体が現存しているとは、思えない。仮に君の言うことが本当だとしても、彼女は、生きることを望みませんよ」

「どうしてですか!どうして、そんな」

「彼女は、祓い人であることを誇りに思っていましたから。妖に喰われたこと自体に自分を嫌悪し卑下する。助けたところで自ら命を絶つ可能性もあります」

「そんな勝手な理由で、彼女を助けな」

「勝手?勝手なことを言っているのは君の方だ」

「・・・・・」

「そこをどいてください・・・」

「!」

「夏目くん、下がりなさい。君まで死にますよ」

起き上った妖に気をとられ、腕を引っ張られて
的場さんと場所を入れ替わってしまった

「的場さん、おれの言ってることは本当なんです」

「ですから・・・君に口を挟まれる筋合いわない。うちにはうちのやり方があるんですよ」

鞘から出された刃が妖の伸ばした手に突き立てられた
呻き声が広がる

「大事な幼馴染なんでしょう!!」

「・・・・・大事な、幼馴染だから私が来たんですよ」

陰で見えなかったが、いつもと少し違う声色に出かかった言葉が喉元で止まった
そういえば、いつもつれている式が1人もいない

「敵討と言えば聞こえはいいですが、こうでもしなければ、気が収まらなかった」

詠唱と呻き声が聞こえる

「・・・・・っ」

「夏目、私が喰らってやろうか」

苛立つ先生を静止して、的場さんに近づいた

「・・・・・・・・・」

「?」

急に止まった声に気づき的場さんの視線の先を見た

「・・・・・・・・」

「・・・・・・」

傷の治りと共に抜け始めていた刃を
矢に射られたもう一方の手で
上から押え抜けないようにしていた

「・・・・相変わらずだな」

「・・・・的場さん?」

「いじらしい・・・・・・・まったく」

「・・・・・・・」

「わかりました。君の言うことを信じます・・・周一さんとは、どうするつもりだったんですか?」

「・・・・・・妖を先に封印すればと話してはいましたが、その」

「成功するとは限らないと」

「・・・はい」

「・・・・そうでしょうね、私もそれ以外には浮かばない
 チッ、封印の言葉に反応したか」

先ほどとは逆に刃を抜き
森の奥へと消えようと
おれたちの横を、走り抜けた
そんな傷で動いたら、もっと傷が開いてしまうというのに

「先生!」

「まったく、往生際の悪い」

「・・・・・」

「・・・ふっ、すぐに仕留められないどこぞの奴のせいか」

「・・・・・・嫌味はそれくらいにしておいた方が良いですよ?
 矢先がぶれてしまうかもしれませんから」

先生に咥えられた妖に向けて矢を射る姿に
いつもの様子と違う何かを感じた

自分の知っている的場という男とは何かが違う
それだけ、明翠さんのことを?

4年間、この妖を探して
怪我をして
式も連れずに
他の一門の人も連れずに・・・

壺に納まっていく妖と
的場さんの後姿を眺めた

「・・・・・・」

生きていると言いきってしまったものの
肉体が無事である保証はどこにもなかった

もし、なかったらなんて悪い方に少しだけ考えてしまったけれど
煙のはれたその場所には、
確かに先生の姿と人の姿を確認できた

良かったと空気を吐いた

壊れ物の様に、そっと触れる的場さんの様子に
間に合ってよかった
止めてよかったと
安心した

どっときた身体の疲れに
その場に座り込めば
猫の姿になった先生が、「ちゃんと生きておる」と近寄ってきた



「気を失っていますが、息はあるようなので戻って医者に見せます」

「はい、よろしくお願いします」

「・・・君は本当に自分から妖に関わるんですね命知らずもいいところだ。こんな力の強い妖に、よく無事でしたね。」

「これは、おれの予想です。
妖が人を傷つけなかったのは、少なくとも明翠さんの意思があったんだと思います」

「そうですか、だからですかね。この妖は、私と対面すると隠れようとしていた。逃げるというよりもまるで、見られたくないというように・・・もしかすると、あの手は明翠の意思によるものだったんですかね」

何かを思い出すように、すっと目を細めた
それから、明翠さんを抱えなおし、少し歩いてまた立ち止まった

「この妖は、面白そうなので。彼女に判断を任せることにします。君の望まない結末になるかもしれませんが、そのあたりは何れ本人から聞いてください」

「・・・・・・」

「夏目くん、お礼を言います。君のおかげで、彼女を取り返せましたから」

「いえ、的場さんのおかげで彼女を助けることができましたから」

「言いますね」

「大事な幼馴染と聞きました、あ、あと許婚だと・・・なんだかいつもと違う的場さんを見れた気がします」

「・・・・許婚?」

「え、違うんですか?」

「たしかに明翠とは幼馴染ですが、許婚というのは、ただの噂です」

「まぁ、そうなれば嬉しいですが、彼女がなんと言うか」
そう愛想のいい笑みを浮かべて、歩き去って行った


心地の良い風に目を細めた

あの妖に関わってからの数週間に溜まった引っ掛かりが、すっきりととれ、深呼吸をして息をついた。

「先生、帰ろう」

「・・・・・・・」

あの妖がどうなるか、少し気になるところだけれど
これ以上はおれが口を出すわけにはいかないだろう

「あの娘、相当な力の持ち主だ
 あの状態でも無事でいたのは、そのおかげだろうな」

先生を撫でながら色々と思い返す

「・・・あんな的場さん初めて見たな」

あの人でも、人を好きになったりするのかと少し失礼なことを思った

・・・明翠さんとは、一度ゆっくり話がしてみたい
的場さんが好きになるような女性とは一体どんな人なんだろうか
名取さんの話を聞く限りでは、話は合わないかもしれないけれど
それでも、何かを知るきっかけにはなるかもしれない

「早く、元気になるといいな」

「そうだ。私の饅頭を喰ったのだ!その代償は払ってもらわんとな!」

「あれは、おれが1つやったんだよ。別に勝手に食べたわけじゃない」

「なんだとっ?!」




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