『・・・・・・』

「・・・・・・」

また、何も考えないように
どこか遠くを見ている
そんな気がした

高校2年の時
明翠の祖父が亡くなった
妖とは関係なく、年齢相応の病気にかかったそうだ

父親よりも慕っていた祖父の死に対して
どうしてこうも静かでいるのだろうか
参列者の集まる前に顔を出したけれど
棺の前に静かにいる明翠の姿を少し離れたところから見ることしかできなかった

式の間も、すべてが終わるまで表情が崩れることはあまりなく
たまに眉間に皺を作る程度だった

「泣かないのか」

『・・・・的場』

「母親の時も、泣いてなかった気がするが」

『・・・・・よく覚えてるわね。』

「こういう時くらい、泣いておけばいいんじゃない?」

『こういう時だから、泣いたらだめなのよ
 祖父がいつも言ってた。
 泣いたら、妖に付け込まれるから、泣くなって』

「・・・・・・・」

『みんなが悲しんでるときに私まで、そちら側へ行ったら
 今、妖に襲われたら反応が遅れて、死ぬかもしれないでしょう?』

だからって、それを明翠が背負う必要なんてない
今なら、大人たちも
それなりの力を持った祓い人も来ている

『祖父の葬儀だもの、祖父との約束は守らないと』

「・・・・・だからって、あの人は孫のそんな顔は見たくないと思うけどね」

『・・・わかんないよ』

「泣くなら、肩でも貸してあげようか?」

『遠慮します』

だから、そうやって
考えないように、ぼーっとして
それで何になるんだ

明翠は、自分のことが見えていない
周りばかり見て、自分が見えなくなっている
そんな気がした・・・

あぁ、当分、おれを見てくれることはないのか
なんて、不貞腐れてみる

どこかで名前を呼ばれた気がして家の奥へと進めば
冬真が手招きしていた

「なんですか?」

「大体人が帰ったところで、明翠を寝かせてやってくれないか?」

「別にいいですけど、どうして、おれなんです?」

「爺さんが倒れてから、ずっと明翠が世話していたんだが
 ほとんど寝ずにやってたみたいでさ、俺たちが何言っても聞かなくて
 不本意ながらお前の言うことなら、聞くかと思ってな」

「・・・無理やりにでも、気絶させればいいでしょう?」

「そんな空きがあいつにないから言ってるんだよ」

「・・・・・・・・」

「あ、的場さん」

「お久しぶりです」

「・・・・どうも」

「どこかに出かけるなら彩季は、あまり家から離れるなよ」

「わかってる」

明翠の妹は、あまり姉とは似ていない
兄と妹は父親似
明翠は母親似というところだろう
そっけなく玄関の方へ進む姿を少しだけ見送った

「で、話を戻すけど。勝手に部屋に入っていいからさ」

「よく妹の部屋に、入っていいなんていいますね」

「変なことすんなよ」

「わかってますよ」

「じゃぁ頼んだ」

そう言って、奥の部屋に消えて行った

昔話をする大人たち
用は済んだと帰る人たち

人が動く中で
不自然なくらいに動かない明翠は、ひどく目立った

「相当ショックなんでしょうね」

「そうね、明翠ちゃんは特におじいちゃん子だったもの」

「かわいそうよね、梓美さんも彩季ちゃんにかかりきりで
 手がかからないからって明翠ちゃんは我慢させられることが多かったから」

「そうそう、まだ2人とも小さかった頃に、
拗ねた明翠ちゃんが家に帰ってこないって騒ぎになったの覚えてる?」

「あぁ、あれね。覚えてるわよ。途中で彩季ちゃんが熱だして両親そろって
 そっちにかかりきりで、明翠ちゃん、神社に一晩1人でいたって」

「おじい様と冬真くんは探してたみたいなんだけどね・・・
 それで、あとから少しだけそこの事について言ったら。
 旦那さんに、明翠はしっかりものだから大丈夫だって言われたの
 そう言う問題じゃないわよね」

「本当よね」


明翠は、しっかりなんてしていない
宿題は適当にやっているし、やってこないときだってある
教科書を忘れてくるときだってある

川を覗き込んで、そのまま落ちたことだってある
雨の日に傘を忘れたり
適当なところで結界張って寝てたりもする


「明翠、寝ろって冬真さんたちが言ってる」

『・・・ん』

「だから、」

『・・・自分で部屋行くから』

「そうやって、別の場所に移動するだけだから、おれが来たんだよ」

『・・・・・・おせっかい』

「うるさい」

明翠の手を引っ張って、遠慮なく部屋に入る
掛布団をはがしてベッドに突き放した

足を無理やりベッドの上にのせ、
制服がしわになると怒るのも全部聞こえないふりをして
上に掛布団を戻した

逃げないように、ベッドに腰掛け壁を作る

相変わらず、畳にベッドという変わった部屋だ

『・・・・・・・・』

「寝ろ」

起き上った彼女の両肩を押してベッドにはりつける
必然的に真上から明翠を見下ろすことになるが
視線があった気がしなかった

『・・・・・迷惑かけてる?』

「あぁ」

『・・・・・・・・・』

「妖は、負の感情に付け込む。今の明じゃ、役立たずだ」

『・・・・・・・・っ』

「今は、寝た方がいい」

自分の身体を起こしながら、長い髪を少しだけ整えてやる

「明翠くらいなら、今のおれでも十分守れる」

『的場なら、もっと守れるでしょう?』

「あたりまえだ」

『その自信は、どこから来るのよ』

「努力とか?」

『似合わない』

「失礼だな・・・・・?」

『!』

「なんだ、外が騒がしい・・・・・・・・!!」

『的場!!』

先に部屋から出た自分を追って走ってくる明翠に舌うちがしたくなる

「明翠は、寝てろ」

『ここ、私の家なんだから、守るのは当然っ』

ばたばたと廊下を走り人だかりの方へ向かう
すでに、冬真の姿が見えたので心配はいらないようだが
明翠は、それでも前へ行こうとするので
無理やり左手を自分の方へ引っ張った

『?!』

「全部、明翠が片付ける必要はない」

『・・・でも』

「・・・もう少し、信用してやればっ!」

『・・・お兄ちゃんは爪が甘いからっ!!・・・っ』

「なんとなく、わかった気がする」

掴んだままでいた左手をさらに後ろへ引き
右手で札を飛ばした
少し念じれば、すぐに片が付く

『・・・・的場っ!』

振り返れば、少し不機嫌そうな彼女と目があった

「少しは、守られる事に慣れた方がいい。いちおう、お嬢様でしょう?」

『・・・・・貴方こそ、御曹司でしょう?守らせなさいよ』

「貴女に守られるほど軟じゃないんでね」

少しざわざわとした空気の中
見えない参列者は、何が起きたのかわからず不思議そうにしていた

「それより、冬真は、何をやっているんだか」

『・・・・・・』

「椿さんは、どこに?」

『・・・・的場、ちょっといい?』

「?」

奥の明翠の部屋に戻る
やはり、彼女の表情には疲れが見える

『・・・・・・』

「それで?」

『・・・他の人に言わないでね?』

「?」

『的場静司だから、話すの。聞いたら忘れて』

「・・・わかった」

いつになく真剣に告げたあと
まだ言うか悩んでいるのか、言葉を選ぶように
視線を泳がした

『椿は、祖父が亡くなった時点で、ほぼ廃業したようなものなの』

「?」

『椿にもう昔みたいな力はない・・・
 母の血を継いでる、私やお兄ちゃんや彩季は、まだいいの
 まぁ、お兄ちゃんの術は甘いし、彩季はできないけど』

「冬真の力は、確かに明翠には劣るがそれなりにあるだろう?」

『それが・・・っ』

「・・・!」

『やっぱり、誰かが』

部屋に張られていた結界が反応して、室内の紙が動きを見せた

『・・・・・父は、前よりはっきりと妖が見えないの
 音を手掛かりに、場所がわからないともうはっきりとは見えない
 ・・・兄も、同じになるかもしれない』

「・・・それで」

『もう少し術を磨けば、さっきみたいに零したりしないと思うんだけど・・・』

「実質、今、力があるのは明翠だけってことか」

『・・・そのあたりの祓い人より力はあるわ。でも、もう時間の問題』

「・・・・・・・」

『せっかく、ここまで続いて来たのにね。私が、男なら良かったのに』

「・・・・・婿養子なんていうのもありますよ?」

『だめよ、椿のやり方に反してる』

「そうなったら、うちに入ればいい。そうすれば、まとめて守れる」

『・・・・・・・』

「なんですか、その不服そうな顔」

『・・・的場が、目も背負うの?』

「当然」

『・・・・・・・』

すっと伸びて来た手が、右頬に当てられた

『綺麗な顔が勿体ない』

「それは、どうも」

『・・・私も的場一門に嫁げば、守れるかしらね』

「?」

『その時は、幼馴染の特権で傍に置いてね』

「?」

『私は、家族も友人も頼ってくる人も守りたい
 せっかく、見えるんだし、祓う力もあるのだから、手の届く範囲の人を守りたい
 それで、人が離れてもいいの。私は、それでいいと思ってる。
 事実上最後の頭首だった祖父のためにも、私は椿に誇りを持ちたい』

「そうやって、また自分を追い込んで楽しい?」

『?』

「・・・酷い顔」

『・・・!』

「お嬢様は、添い寝を希望かな?」

『ご遠慮します、この変態御曹司』

頬に置かれたままの手をとり、ベッドの方へと連れて行って
そのまま、座らせた

結界を張ったせいか、一段と顔に疲労が見える
外も静かになったので
参列者も、日が暮れる前に家に戻るのだろう

大人しく横になった明翠が布団にもぐるのを見届け
自分も部屋を出ようと戸に手をかけた

ふっと淋しげにくもった顔に動きが止まったが
今日は、これ以上長居をしても仕方がないと部屋を後にした


昔から、祓い屋であることに
祓い人であることに誇りを持っていると言っていたことを思い出した

まるで、自分が正義のヒーローのような口ぶりに
盛大に笑ってやった気がする



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