真っ白いドレスは暖かな光を浴びてキラキラと輝いているかのように見えました。

悪魔から身を守るためのその白いベールを被り、照れたようにはにかんでいる彼女は何よりも美しく、綺麗でした。
そしてその隣に立つ彼もまた、同じく照れたようにはにかんでいます。2人の表情からは幸せだけが伝わって来るようでした。

それは質素な結婚式でした。

魔法界だけとは言わず、マグル界にも闇の恐怖が広がっている今、それでもこの空間だけは幸福だけが満ち溢れていました。

花嫁と花婿の横には本来居るはずのブライズメイドも、アッシャーもいません。それは花嫁、花婿の願いでもありました。
2人は、ブライズメイドには花婿の養女を、アッシャーには花嫁の従兄弟でもある花婿の親友を。と考えていたからでした。

私はその結婚式を見つめます。肉体を持たない、夢の身体で。

幸せそうな2人を見つめます。大好きな父親を見つめ、恋が叶って幸せそうな新しい母親を見つめます。

暫く2人を見つめ続けていたあと、私はそのまま誰にも見つからないように目を伏せました。
手に持っていた真っ白い花をその場に置いて、私は意識を浮上させました。

あの2人はこんな私でも…、みんなから離れて闇の陣営に行った私を、それでも『娘』と呼ぶのでしょうか。


†††


真っ黒いドレスに輝くようなルビーのネックレス。大きく開いた背中。ヒールのある靴。全てが高級であることを教えるかのように肌触りがよく、それは本当に美しいものでした。

それらを身に包んだ私自身は、高級なドレスの美しさに負けているかのように思えました。鏡の前で自分の姿を見つめつつ、静かに溜め息を零します。

するとそこで私の足元に大きな蛇…ナギニが姿を現しました。
はたと時計を見ると、約束の時間までもう少ししかないことを告げていました。大変です。このままでは遅刻してしまいます。

「すみません、ナギニ。すぐに向かいますね」

大きく開いた背中の肌を隠すように、上から黒いレースのボレロを羽織って、私は杖を仕舞い込みます。準備はこれで整ったはずです。
扉の先で待っていたくれたナギニを追いかけ、私は月明かりの差し込む廊下に出て、玄関ホールを急ぎました。

わざわざ着替えたのには訳があって、これからある『闇の陣営』の会議に私も出席するように言われていたからでした。
本来ならばナギニとともに部屋に押し込められるんですけれどね。今回は何故か特別にヴォルデモートさんから直々にお呼び出しをされたのです。

着慣れない服を着るのに戸惑ったからといって、折角お誘い頂いた会議に遅れしまう訳にも行きません。本来ならば会議が始まるずっと前にはいたかったんですけれどね…。
足を速めて、私はナギニの後を追って廊下を進みます。

玄関ホールにたどり着くと、前から見慣れた姿が見えて思わず硬くしていた表情を緩めました。
ナギニが先に這っていく中、私は、私と同じような、でも彼にとってはいつもどおりに真っ黒な服を着た彼を呼び止めました。スネイプ先生でした。

「スネイプ先生、こんばんわ」
「何故ここに?」
「私も会議に出るよう言われていたのです。ついさっき。1時間ほど前に」

答えると、先生はすぐに顔をしかめました。急に決まった会議への出席に、私の身を少しは心配してくださっているのでしょう。私は苦笑を浮かべて、たたたとスネイプ先生の横に並びました。真っ黒で凸凹な2人が月明かりの下に並びます。
先生は深く深く黙り込んだあと、ゆっくりと言葉を告げました。

「……。大人しくしていたまえ。会議には一切の口を挟まないよう」
「はい」

スネイプ先生から差し出されたエスコートするその手に自分の手を重ねます。青白い手はとても冷たいものでした。先生は私が手を取ったことに短く頷き、ホールに続く大きな木の扉を開きました。

客間の装飾を際立たせている長テーブルには、既に数人の死喰い人がテーブルを囲んで黙って座っていました。
その死喰い人の列の中には、怯えた様子のドラコくんも混じっています。ドラコくんは去年の終わりにあったホグワーツ襲撃で重大な役割を担いました。この館が元々マルフォイさんの所有物ということもあり、ドラコくんも毎回会議への出席を命じられていました。

死喰い人の面々を確認していた私が、部屋に入ったその瞬間にはっと息をのみます。

薄暗い部屋の中では、スネイプ先生は何があるのかわからなかったようでしたが、すぐに私と同じものを目にしたのだと思います。彼がエスコートしてくださっていた手が一瞬不自然に動いた気がしました。

私はその異様な光景に視線を奪われ、それを凝視します。じわじわとした恐怖に喉の渇きばかりを覚えます。

目線の先にいたのは人間でした。テーブルの上に、逆さまになって浮かんでいる人間がいたのです。
その人はどうやら気を失っているらしく、身動き1つしません。私の位置からではその人が誰だかわかりませんでしたが、女の人であることだけが困惑する頭の端で理解していました。

「セブルス。…と、リクか」

テーブルの1番奥。暖炉に背を向けている彼の、はっきりした声が空間を通ってきました。

「遅い。遅刻すれすれだ」

ヴォルデモートさんが椅子に腰をかけ、私達2人を見ていました。遅刻すれすれと言いつつも、心底怒っているわけではなく私達を咎めるような口調でもありませんでした。
そしてヴォルデモート自身の右手側にスネイプ先生を座らせ、私はヴォルデモートさんのすぐ隣に用意されている椅子に座るように指示しました。

私が指示された場所は、テーブルから少し離れた所ではありましたが、この空間の中で2番目に立場が上の人が座るような場所でありました。
そこに、学生の、マグル生まれであり、狼人間の娘であり、グリフィンドール寮の私が腰を下ろします。テーブルについているレストレンジさんの視線が一層鋭くなったような気がしました。

テーブルの上にいる女の人から視線を外すことが出来ないまま、私は約束通り固く固く口を閉ざしていました。

「それで?」

ヴォルデモートさんは私には全く視線を向けず、スネイプ先生に声をかけました。先生は静かに答えます。テーブルの視線はスネイプ先生に集まっていました。

「我が君、不死鳥の騎士団は、ハリー・ポッターを現在の安全な居所から、来る土曜日の日暮れに移動させるつもりです」

今日の会議はどうやらハリーを襲撃する日取りを考える会議だったようです。ハリーと友人であると伝えている私を連れ出してきたのも、相手がヴォルデモートさんであることを考えれば納得できるような気がしました。
スネイプ先生の言葉を聞いて、ヴォルデモートさんは浅く笑ったような気がしました。

「そうか、よかろう。情報源は?」
「打ち合わせ通りの出処から」
「我が君」

突然、ヤックスリーさんが声をかけました。視線がヤックスリーさんに向かいます。

「我が君、私の得た情報は違っております。
 闇祓いのドーリッシュが漏らしたところでは、ポッターは17歳になる前の晩、すなわち30日の夜中までは動かないことです」
「我輩の情報によれば――」

スネイプ先生は意地悪くにやりと笑っていました。

「偽の手がかりを残す計画があるそうだ。ドーリッシュは『錯乱の呪文』をかけられたに違いない。
 騎士団は我々が魔法賞に潜入していると考えている」
「騎士団も1つぐらいは当たっているじゃないか」

ヤックスリーさんのすぐ傍に座っていたずんぐりした男性がせせら笑いました。テーブルを囲んだ人達から笑いが溢れますが、ヴォルデモートさんは一切笑いかけませんでした。
それどころか溢れた笑い声を、手を掲げるだけで制し、彼は再びスネイプ先生に視線を向けました。

「あの小僧を、今度はどこに隠す?」
「騎士団の誰かの家です。情報によれば、その家には騎士団と魔法省の両方が出来うる限りの防衛策を施したとのこと。一旦そこに入れば、もはやポッターを奪う可能性はまずないと思われます。魔法省が土曜日を待たずして陥落すれば話は別ですが」
「…。土曜日までに魔法省が我が手に落ちるとは考えにくい…」

ヴォルデモートさんは一瞬考え込むようにそう言いました。言葉は一週間以内では落ないといえども、いつか必ず…しかも近いうちに魔法省をも手にするのだという確信を感じさせました。
私は深く口を閉ざしたまま、会話の流れを聞き続けていました。

「小僧が目的地に着いてからでは手出しができないとなれば、移動中に始末せねばなるまい」
「我が君、その点につきましては我々が有利です。
 魔法運輸部に何人か手勢を送り込んでおります。ポッターが『姿現わし』したり、『煙突飛行ネットワーク』を使うなどしたら、すぐさまわかるでしょう」


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