「『ベリタセラム(真実薬)』」

両手に本を抱えながら私は微動だにしなかったガーゴイルに合言葉を告げて、校長室へと入って行きました。

太陽の光を浴びて燦々と輝くグリフィンドールの剣の横を通り過ぎて、私は校長先生の証である椅子に座っているスネイプ先生ににっこりと微笑みを向けました。

「こんにちは、スネイプ校長先生」
「……随分と暇をしているようで」

呆れた様子のスネイプ先生は羽ペンを1度置いて私の姿を見ます。
それもそうでしょう。あれから私は暇さえあればすぐに校長室に入り浸っていたのですから。

てててと校長先生の執務席の前にあるソファに腰を下ろします。ふかふかのソファに座りながら私は持っていた本を机に重ねて乗せます。
スネイプ先生は一瞬私を見たあとすぐに羽ペンを動かしていました。羽ペンが紙を滑らす音と先生の声が聞こえてきます。

「暇ならばスラグホーンの手伝いでも行けばいいだろう」
「それ本気で言ってます?」

私が闇の陣営に属していることは、もうホグワーツ中の人間が知っていました。
そんな中、以前のように地下牢教室で調合するのは難しいでしょう。可能性は少ないでしょうが他の生徒が来たら可哀想ですし。

それに。

「調合は好きですけれど、1人で調合しても詰まらないですから…」

そう言ってしまってから私ははたとスネイプ先生と視線を合わせます。
言外にスネイプ先生がいなくては、と言ってしまったようで私は軽く俯いて耳を赤く染めます。特段深い意味はないのです。決してないのです。

少し黙ってから私はまた不安げに視線を上げます。スネイプ先生は特段気にしていないように作業を続けていました。
少しだけ安堵の溜め息をついて再び本に視線を落とします。本は以前リドルくんが目を通していた『死の秘宝』についての本でした。

『死の秘宝』と呼ばれる、『死』が持っていたとされる3つの道具。
ニワトコの木から作った最強の杖、死者を蘇らせるという石、そして『死』から身を隠すことが出来るマントの3つ。

「…えっと…、スネイプ先生って、子供の頃、魔法界の御伽話とかって読みました?」

不意に零した言葉に、スネイプ先生はあからさまに不機嫌そうな顔を私に向けました。苦笑を零しながら私は小首を傾げます。

「そう怪訝そうな顔をしないでくださいよ。少し聞きたいことがあるんです。
 『三人兄弟の物語』の御伽噺って読んだことあります?」
「軽くだが、記憶にはある」
「私もヴォル…、『卿』から頂いた絵本で読んだだけなんですけれど、『死の秘宝』について詳しく知りたいんです。
 あのお話に出てくる秘宝は御伽噺の物ではなくて、実在するものではないかと思いまして。透明マントは実際に存在したのですから」

結論から言ってしまうと、死の秘宝は存在しています。私はそれを知っていました。

それでも私が知りたいのは、死の秘宝は『今年の物語』を終わらせるためにも重要なアイテムだからでした。
知りたいのはその存在の有無よりも、その道具達が今どこにあるか、でした。

スネイプ先生は視線を少し上げて、何故か一瞬ちらりと奥の部屋を見ていました。その部屋には沢山の肖像画が飾っているのを知っています。その中にダンブルドア校長先生もいることを。
スネイプ先生の視線を見つめていると、先生は静かに言葉を零しました。

「『ニワトコの杖』というものがあると聞いている」
「……。それは最強の杖?」
「と、呼ばれている。だが、あくまで伝承にすぎん」
「…今、どこにあるんでしょうね」

言葉を零すと、スネイプ先生は杖を振るって『呼び寄せ呪文』で何処からか1冊の本を呼び寄せました。
私の前に漂ってきた本を手にして、不思議に思いつつも本を開きます。書かれているのは複数の年代と誰かの名前でした。

「ニワトコの杖について書かれている。
 有名な魔法使いの中には本気でこの杖を信じ、長年追い求めている者もいる」

書かれているのは先生の言うとおり、ニワトコの杖の所在についての研究文を纏めたものでした。
様々な魔法使い、魔女達がニワトコの杖についての憶測を研究文に残しています。それらを繋ぎ留めた本を眺めながら私は文字を指で追いかけました。

「エメリック、エグバート、ゴデロット、ヘレワード、バーナバス・デベリル、ロクシアス……。
 ここからは研究者によって所持していたとされる人の名前が変わっていきますね…」
「参考にされているのはどれも古い研究論文だ。事実は異なるやもしれん」

言葉を聞きながらも本に書かれている中では1番新しいものまで、後ろのページの方までパラパラと捲ります。そしてほんの一瞬だけ見えたグレゴロビッチの名前に私は手を止めました。

「グレゴロビッチ…? どこかで聞いたことが…」
「……ブルガリアの杖職人だな。まだ存命の筈だ」

私は名前をなぞって記憶します。存命ということは、きっと彼はまだブルガリアにいるのでしょう。
そしてヴォルデモートさんはいつかグレゴロビッチさんに辿り着くでしょう。『ニワトコの杖』を探しているヴォルデモートさんならば。

私の杖も作ってくださった杖職人であるオリバンダーさんは闇の陣営に捉えられていると聞きます。
闇の陣営にいるとき、直接お会いすることはなかったのですが、きっと隠されているとしたらマルフォイさんのご自宅でしょう。
今やあそこが闇の陣営の本部として活用されていたのですから。

ヴォルデモートさんがどういうルートで杖の所在に辿りつくかはわかりません。
ですが、もしヴォルデモートさんが海外に向かったとしたら、そしてグレゴロビッチさんに会ってしまったら。きっとすぐに『ニワトコの杖』を見つけることとなるでしょう。

ダンブルドア校長先生のお墓に眠っている『ニワトコの杖』を、きっとすぐに見つけてしまいます。

そうすれば『ニワトコの杖』の忠誠心がヴォルデモートさんに無い事も知るでしょう。
それもその筈です。ダンブルドア校長先生を、直接手にかけたのはスネイプ先生なのですから。


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