ふと前を見るとスネイプ先生が私に振り返っていました。先生の顔を見つめていると、スネイプ先生は酷く不満げな表情をしていました。
怒られてしまうかと思ってしょんぼりと肩を落としていると、スネイプ先生は溜め息と共に片手で近くのソファを示していました。私は表情を輝かせて指し示されたソファに腰を下ろします。

カチャカチャと紅茶を準備している音を聞きながら私はソファの背もたれに深く座り込んで、長く息を吐きます。

少しの間待っていると甘い香りのする紅茶が入ったカップをスネイプ先生が差し出してくださいました。
両手でそれを受け取って香りを楽しみます。頬を緩ませていると私が座っているソファの向かい側の席に、スネイプ先生が腰を下ろしていました。

少し先生を見つめていると、彼はカップを握ったまま静かに言葉を零しました。

「……やめろとは言わない」

私はスネイプ先生を見つめ続けていましたが、スネイプ先生の視線は紅茶に向けられたままでした。

「それは、例え「やめろ」と言っても私がやめないからですか?」
「理解しているようで有難いですな」

先生の皮肉に私は眉根を下げます。危ないかもというのはわかるんですれど、ね。
愛想笑いをしていると、スネイプ先生は紅茶に向けていた視線を少し上げて私を見ました。

「やめろとは言わない。Ms.は止まらないのだからな。
 だが、」

そこでスネイプ先生は言葉を区切ってしまいました。私は続きを待ちます。
ですが、答えはいつまで待っていても聞くことはできませんでした。

逸らされた視線に少し寂しい思いをしつつも、苦笑を零しながら紅茶を飲みます。静かでゆったりとした時間が流れていました。

「……明日から合言葉を変える」
「教えてくださるんですか?」
「校長室の合言葉はカロー兄妹すら知らない。何かあれば校長室へ」

スネイプ先生は私のために避難場所を作ってくださる気なのでしょう。先生らしくない言葉に私は驚きつつもふにゃりと気の抜けるような笑みを浮かべました。

怖いことは沢山あります。ですが、リドルくんやスネイプ先生がいれば、きっと耐えられるでしょう。

大好きな人達がいれば私は、きっと。


†††


古びた本や研究レポートを広げて、私は必要なものをどんどん書き出していきます。

静かな図書館の中、いるのは私とリドルくんだけでした。

本を読みながらも飽き飽きとした表情をしているリドルくん。私は羽ペンを進める手を止めて、苦笑を零しました。

「お出かけしてきてもいいんですよ?」
「リクもいないのに出かけても怖がられるだけで暇さ。
 纏まったかい?」

リドルくんは隠すわけでもなく欠伸をしてから、私の手元を覗き込みました。
私も秀才のリドルくんに間違っている箇所はないかどうか確認してもらうためにも、必要な材料や作業工程、その他注意事項が書かれている羊皮紙をリドルくんへと渡しました。

口を閉ざして確認をしていくリドルくん。私は不安げに彼を見つめつつ、言葉を待ちました。
やがて再び羊皮紙を私に返したリドルくんは、何故か不満げに見えました。思わず緊張してしまいます。

「え…。もしかして、最初からやり直したほうが早いですか…?」
「それぐらいの方が面白かったのに」
「ということは…?」

不安がいつの間にか払拭されて、私は笑みを浮かべていました。むすとした表情のリドルくんが手を伸ばして私の頭をぽんぽんと撫でてくださいました。

「僕から見ても完璧。か、それ以上だ。
 君は本当に魔法薬学だけは得意だね」
「本当ですか!?」
「僕は嘘をつかない」

リドルくんは嘘か本当かわからない言葉と共に微笑みかけてくださいました。
少し照れくさくて撫でられた頭を押さえて、緩んだ頬を引き締めます。

完成した羊皮紙をくるくると纏めて、鞄の中に大事にしまいこみ、散らかしてしまった机の上を片付け始めます。沢山並んだ研究資料の中にはスネイプ先生の名前もちらちらと伺えました。
ずっとDADAの教師になりたがっていたスネイプ先生でしたが、魔法薬学教授としてこうやって沢山の研究結果を学会に提出しているようです。

片付けながらもいつの間にか先生の名前を追ってしまいます。
そうやって名前を見つめていると不意にリドルくんが言葉を零しました。

「ねぇ、リク。
 リクは魔法薬学の教師になるの?」
「……。はい。出来れば教師になりたいです」
「どうして教師になりたいと思ったの?」

リドルくんの言葉に私は深く黙り込んでしまいます。どうして。

「特段子供が好きだという話も聞かないし、どうして?」
「んーっと…、どうしてと言われましても深い意味はないんですよね…」

記憶を辿るようにして私は深く考え込みます。どうして、私は教師になりたかったんでしたっけ。

最初はふわふわとした思いで教師になりたがったような気がします。
それがいつの間にか本当にやりたいこととなっていて、でもそれはどうして…?

ふと思い出したのは私が教壇の椅子に座り、その前にスネイプ先生がいた時のその光景。
私が先生みたいで先生が生徒みたいだったあの一瞬。
あの時の私はまだまだ幼くて、今の自分はあの時よりかは少しだけ成長しているかのように思えました。

それを思い出した私は思わずふふと笑みを零します。怪訝そうな顔をしたリドルくんに、私はにっこりと笑みを返しました。

「強いて言うなら、椅子がふかふかでくるくる回ったからです」
「なにそれ」

わけがわからないという顔をするリドルくんに微笑みを浮かべながら、片付け終わった私はリドルくんへと手を伸ばしました。
納得はしていないながらにも手を握り返してくれるリドルくんと一緒に図書館を出ました。

準備はどれほどしても万端にはなりません。それでも今やれることを懸命に実行しなくては。
未来を変えるためにも、私は手を抜くわけにはいきません。

私が知っている『未来』は今年1年で終わってしまいます。そのあとは何が起こるのか、何が出来るのか私にはわかりません。…私がいつか教師になる未来はあるのでしょうか?

私が、『彼』と並んで、教師になる時は来るのでしょうか。


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