ここは何処でしょう。
豪華な天蓋付きのベッドで目を覚ましたリクは、ふわと欠伸を零しながらぼんやりとしたままの意識でそう思っていた。
そんな薄暗い部屋の明かりを灯した時、足元で蜷局を巻く大きな蛇の姿が見えて、リクの意識がゆっくりと覚醒した。
「ナギニ」
小さく呟いたリクはここがヴォルデモートが住まう屋敷であるということを思い出した。
身体を起こした彼女はベッドから足を下ろし、微笑みを浮かべながらナギニの身体を撫でる。ナギニは小さく鳴き声を上げながら、リクの指先を少し舐めて返した。
擽ったのかリクはくすくすと笑って、彼女のために用意されている高価なドレスに着替えた。
そして、そこでリクはふと疑問を抱く。
いつもだったら着替えが終わった辺りで、見計らったかのようにリドルがこの部屋に現れるというのに、今日はその姿がなかったのだ。
少しだけ待ってみたが、彼が来る気配はない。約束をしているわけではないのだが、いつも来る彼が来ないのはなんだか不思議だった。
リクは足元のナギニを見つめてから、何か納得したかのように1度頷いて、扉へと向かった。
†††
この屋敷は元々マルフォイの屋敷だ。
だが、闇の帝王たるヴォルデモートが居るため、屋敷の主はほぼ彼になっていた。
だからこそ、闇の帝王のお気に入りであるリクは、彼らが『穢れた血』と呼ぶ悪しき存在でも、この屋敷の中を自由に歩くことが出来た。
足元を這うナギニと一緒に、リクはきょろきょろとしながら屋敷の中を散策する。
その時、リクの後ろから死喰い人が2人、彼女を追い越して行ったのを見て、リクはきょとんと首を傾げ、自身もその死喰い人達についていった。
大広間のようなところへと入っていく死喰い人。リクはそこからひょこりと顔をのぞかせた。
「ヴォルデモートさん?」
呼びかけたリクの声。声はその空間には酷く似合わなかった。
リクは目の前に広がる光景に、思わず足を止めてしまう。
広い空間。奥には玉座に座っているヴォルデモート。壁沿いに控えている複数の死喰い人。
そしてヴォルデモートの前には、膝をついた1人の男がいた。
男は裂傷が広がる背中をリクに向け、ついた膝は自らの血の水溜りの中で汚れていた。
血は今もなお増え続け、土下座をするように頭を落とした男は、涙を流して目の前のヴォルデモートへと、何度も、何度も許しを乞うていた。
それは拷問の真っ最中だった。
どれだけ許しを乞われていても、つまらなそうな顔をしているヴォルデモートは表情一つ変えない。
それでも、リクの姿を見つけた瞬間には、僅かに視線を鋭くさせた。
目の前に広がっていた異様な光景に、リクは息を殺す。
だが、再び男の涙ながらの呻き声が聞こえた瞬間に、彼女の足が動き出す。
彼女は腰元から杖を抜き取り、ヴォルデモートと男の間に入っていった。
リクは爛々と輝く瞳で玉座のいるヴォルデモートを見上げ、後ろの男を守るように両手を広げた。
ざわつく他の死喰い人達を、ヴォルデモートは手で制して、黙ったままリクを見つめていた。
正義感が強いといえば聞こえはいい。だが、この場では自殺行為だった。
「邪魔だ。どけ」
闇の帝王の言葉に、リクは従わなかった。
彼女は男の前に立ちはだかったまま、一歩も動かずにヴォルデモートを睨み続ける。リクの声は空間を静かに通っていく。
「死んでしまいます」
「そうだ。殺すんだ」
リクが広げた両手を下ろすことはない。後ろの男は出来うる限り身体を縮こませて、がたがたと震え、赤子のように泣き続けていた。
そして、リクの瞳が真っ直ぐヴォルデモートに向かう。彼女は声を張り上げて、彼に問いかけた。
「何故?」
「何故? そいつは穢れた…」
魔法族の生まれではないリクの目が、爛々と輝きを放ってヴォルデモートを見つめ続けていた。
ヴォルデモートは今から殺そうとしている『穢れた血』の男と、『穢れた血』であるリクの違いを一瞬だけ考えたあと、その思想を振り払うべく忌々しそうに鼻を鳴らした。
きっと答えはヴォルデモートには得られないだろうし、興味もなかった。
その時、1人の死喰い人がリクに向かって殺意を剥き出しにしながら牙を向く。
「貴様、我が君に楯突くとは!!」
「『クルーシオ(苦しめ)』!」
殺意の篭った声は一瞬で悲鳴に変わった。
びくりと肩をすくめたリクの前、大声を出した死喰い人に杖を上げたヴォルデモートが、ゆっくりと、そして底冷えするかのような声で言い放った。
「黙ってろ」
途端に静まり返る死喰い人達。
例えリクが『穢れた血』であろうと、例えリクがヴォルデモートに楯突こうとも、リクを害する人間は何者であろうとヴォルデモートに罰せられる。
それがわかった彼らはリクを警戒しつつも、口出しすることなど出来ずに、ただ主君とリクを交互に見つめていた。
沈黙は永久のような数秒だけ続いた。
やがてヴォルデモートがリクに向かって楽しげな、邪悪な笑顔を浮かべた。
死喰い人のうちの数人がその笑みを見て恐怖を感じ、冷や汗すら流していたが、当のリクは、困惑も浮かべつつも笑みを返していた。
「リク。わかった。そいつは逃がしてやろう」
リクの困惑混じりの笑みが、満面の笑みに変わる。
ヴォルデモートもそれを嬉しそうに見つめながら、立ち上がり、リクを手招きした。