綺麗に洗った食器や器材。薄力粉やたまごや牛乳。バターも生クリームもチョコレートも用意して。
甘いものは大好きなのでいつもはお砂糖たっぷりなのですが、今日はスネイプ先生も一緒に食べるので、お砂糖は少し控えめに。
きちんと計量した薄力粉をふるって、たまごも綺麗に泡立つまでよく混ぜて、手馴れたようにゴムベラを使いながら生地を作っていって。
私はそこでやっぱり気になってしまって、とうとう近くにいるスネイプ先生に視線を向けてしまいました。
「…先生も一緒に作ります?」
「いや、遠慮願おう」
ひとまず声をかけてはみましたが、いつものようにあっさりと言葉を返されて、私はむぅと口を噤みます。
お昼ぐらいから始めたケーキ作りですが、作り始めた頃、気付けば私が作業する場所の近くで、先生が私の手元を見ていることに気が付いてしまいました。
最初は私の気のせいかと思っていましたが、1度気が付いてしまうとなんだか気になってしまいます。
さくりさくりとボウルの中で生地をかき混ぜて、ケーキ作りを続けつつも、スネイプ先生に声をかけます。
「だって、スネイプ先生の視線が気になるんですもん。
一緒に作りたいのかなぁって思うじゃないですか」
「お菓子作りが好きなように見えましたかな」
「見えないから気になっちゃったんですー」
取り出してきたまな板の上で、板チョコを刻みつつ、スネイプ先生を見つめ返します。
普段、調合している時は、私の調合があっているかを確認してくださったり、時々注意が飛んできたりもするのですが、今日はそんな雰囲気ではなく、ただ私のことを見ている気がしました。
少し恥ずかしさを感じつつも作業を続けていると、スネイプ先生が私に声をかけました。
「魔法は使わないのかね」
ふと先生から零された言葉に小首を傾げつつ、はたと思いついて、私はにっこりと笑いかけます。
「もしかしてそれで気になってました?」
「そんなところですな」
曖昧に返された言葉ですが、見つめられていた理由がわかって少しすっきりしました。
ホグワーツに通うようになってから、そしてホグワーツで暮らすようになってから。魔法で生活することはとても便利で素晴らしいものでした。
ですが、私は毎回、このお菓子作りだけは時間がかかっても、よくマグル式で作っていました。
「お菓子作りは学生の時にリーマスさんから教わったので、マグル式で覚えちゃってるってものもありますけど」
良く溶けたチョコと生地をゆっくりとかき混ぜて、チョコレートの甘い香りをほんのりと漂わせながら、私はふふと短く笑います。
「マグル式の方が愛情たっぷり込められそうな気がしません?」
魔法を使ったとしても気持ちを込めることはもちろん出来ます。
時間を短縮することが出来ますし、ボウルも泡立て器も浮遊呪文で浮かせながらかき混ぜることが出来ます。
あまり疲れることもありませんし、目を離さなければ失敗もありません。
でも私は、マグル生まれの私は、こちらの方がなんだか落ち着くのです。
時間をかけて、疲れはしますけど自分の手でかき混ぜて。時々失敗したりもして。
それでも、それだけ手間をかけて作り上げたものは、とってもとっても美味しいのです。
魔法は使ってませんが、美味しくなって欲しいという魔法は増し増しでかけているのですから!
私の答えを聞いて、納得してくださったのかそうではないのか、ちょっとわかりづらい所ではありますが、先生は少し考えるようにしてから、少しだけ口を開きました。
「Ms.は…」
ですが言いかけた言葉がすぐに途切れていきます。先を待っていた私ですが、中々続けられない言葉に、私は催促するかのように手を止めます。
スネイプ先生は私からやっと視線を逸らして、ふいと顔を背けてしまいます。
「なんでもない」
「む。途中で止められると気になっちゃうじゃないですかー!」
ぷくと頬を膨らませて彼の顔を覗き込むと、スネイプ先生はまた私を見て、不機嫌そうな顔を作っていました。
「Ms.は我輩のことがとても好きなようで」
先生の言葉に私は目をぱちくりとさせてしまいます。そして不機嫌そうに見えるその顔も、ただの照れ隠しだということに気づいてしまいます。
1度気付いてしまったものは、忘れられません。頬が緩んできそうなのを抑えつつ、私はすすすと先生の傍に近寄っていきました。近寄っていっても彼は決して逃げたりはしませんでした。
「今更ですよ」
「…そうだったか」
「スネイプ先生が好きなようには見えませんでした?」
彼の真似をして私も意地悪く問いかけます。肩を並べてまた短く笑うと、スネイプ先生は同じように私と並んで小さく笑っているように見えました。
「見えてはいたが、今、再確認しただけだ」
「ふふ」
思わず抱きつきに行きたい気持ちをぐっと堪えて、型に流し込んだ生地を整えた私は、それをオーブンに閉じ込めて時間を設定します。
「はーい、あとは焼き上がりを待ってくださいね」
「毎年律儀なことで」
『本日の主役』であるスネイプ先生から関心の声。毎年、スネイプ先生のお誕生日であるこの日は、絶対にケーキを手作りすると決めていました。
「だって、私の大好きな人のとっても大切なお誕生日なんですもん。
私も大好きなお菓子作りをしてお祝いしたくなっちゃうのです」
そう言ってからやっぱり我慢できなかった私はまずきちんと手を洗ってから、先生の傍に戻ってぎゅーと抱きしめます。
呆れたように抱きしめ返してくれるスネイプ先生も、慣れた様子で、頬を緩ませている私の頭を撫でてくださいます。
はたと良い事を思いついた私は、そのままの体制で先生にひとつ提案をします。
「デコレーションは一緒にしましょう!」
「……そうだな。たまには手伝おう」
珍しく乗り気になってくださったスネイプ先生に私はぴょんと喜んで、早速といった風に先生の手を引いて、生クリームを泡立てるのを手伝っていただこうと決めます。
そしてお菓子作りがとても似合わない彼に、とても似合わない泡立て器を持ってもらいます。とっても似合いません!
「似合いませんね」
正直にそう言えば、先生もすぐにムッとした顔をします。本人も似合わないのはわかっているのでしょう。
スネイプ先生は不機嫌そうに、泡立て器を持った手とは反対の手で、私の頬をふにっと摘んでいきます。
「いひゃいれす」
一応講義の声をあげると、手は離れていきました。
それでもまたふにゃりと笑った私は、先生に生クリームを作って頂いてる間に、使い終わった物の後片付けを始めます。
もちろんここは魔法を使って。
「Ms.、先程の話と違わないか?」
「お片づけは別ものですー!
ほら、愛情込めてください。あいじょーですよ」
取り出した杖を見て、咎めるように私を呼んだスネイプ先生の声を軽く聞き流します。
さて、ケーキが焼きあがるまでの数十分が今からとっても楽しみです!
(魔法をかけて)