『桃色の鳥と水03』

「では予定通りMr.1に動いてもらうわ」
「あぁ」

ロビンの声に返事をしたクロコダイルは、次に何かを考えるように深く黙り込む。

彼の言葉の続きを待つロビンだったが、クロコダイルは机の上に置かれた羊皮紙に火をつけて灰皿へと入れた。
新しい葉巻に手を伸ばしたクロコダイルに、ロビンは会話が終了するであろうことを察した。

「残りはエージェント共にやらせる。明後日までには仕上げろ」
「………了解」

会話が急に終わらせられた、と不思議に感じるロビンだったが、深くは言及することなく彼の部屋を出る。

クロコダイルだけが残された部屋で、数秒後、彼は口を開いた。

「いいぞ」

途端に部屋の中心部辺りに、四方から水が集まりだし、それはやがてぼんやりとした人の形となった。
少し浮かんでいた人影は床につくと同時に色を取り戻し、アスヒの姿が完全に姿を現す。

「ただ、いま…、戻りました。クロコダイル様」

深く頭を下げるアスヒが、ふらつく足を隠しつつ凛と立つ。
それでも少しだけ気分の悪そうなアスヒが、頬を膨らませて溜息をついた。

「流石にナノハナからここまで来るのには骨が折れましたわ…」
「ちゃんとまけたのか?」
「ご心配なく」

言葉を聞いてニヤリと笑うクロコダイル。それを見てアスヒもにこりと微笑みを返した。

「では、夕食の準備をしてきます」

再びぺこりと頭を下げて、アスヒはクロコダイルに背を向ける。
歩き出した彼女はやはり足元が少しふらついていたが、彼女のことだ。しっかりと夕食の支度から何から全てを終わらせるだろう。

ちょうどその時、部屋に鳴り響くでんでん虫。

受話器を取り、聞こえてきた声はクロコダイルが予想していた通りドフラミンゴのものだった。

『アスヒちゃんに逃げられた』
「みてぇだな」

悔しそうなドフラミンゴの声が酷く愉快だ。クロコダイルは鼻で笑い返すとドフラミンゴは静かに話しだした。

『逃げられねぇように捕まえてたと思ったんだがな』
「テメェじゃ気に入らなかったんだろうなぁ」

心底嫌味っぽく言ったクロコダイル。アスヒが最後には必ずクロコダイルを選ぶことを知っているが故の余裕を見せる。

『俺から離れ過ぎたら手首が落ちるようにしてた』

だが、次にドフラミンゴが続けた言葉に今度はクロコダイルが黙ることになった。
脅しなどではなく、ドフラミンゴの言葉は事実であろう。彼ならば躊躇いもなくアスヒの手を切り落とすのだろうから。

『そんな感触もなかったし、血もついてねぇ。あの子、なんなの?』

ドフラミンゴは問いかける。葉巻の煙を吐き出したクロコダイルは、口元に笑みを浮かべていた。

「さぁな」

アスヒがミズミズの実の能力者であることを、言う必要は全くない。だがドフラミンゴがそれで納得するわけもなかった。

『隠すんじゃねぇよ』
「捕まえられそうなら捕まえてみりゃいいだろ?」

アスヒは水だ。水は、手で捕まえようとしても、滑り落ちる。ドフラミンゴ程度では捕まえられるはずもない。

『……そうかよ』

ドフラミンゴは決して納得したわけではないだろう。彼は乱暴にでんでん虫を切る。

でんでん虫の受話器を置いて、クロコダイルは長く煙を吐き出す。
数瞬黙り込んだ彼は舌打ちをこぼして、身体を砂へと変えて厨房へと向かった。

そして厨房に入ろうとしているアスヒを見つけ、声もかけずに彼女の腕を掴む。
痛みに顔を顰めたアスヒが振り返って、驚きの表情を見せた。

「痛っ、…クロコダイル様?」

驚きの声をあげるアスヒを無視し、彼は彼女の腕を自分が見える位置まで上げた。
クロコダイルの手とは全く違う細い腕。その手首辺りに細く赤い痕がぐるりと一周していた。

「……なに、これ」

今それに気が付いたアスヒは呆然と呟く。
確認するかのようにその傷を見ていたクロコダイルが、アスヒの腕を握る力に些か力を込めた。

「よかったなぁ。下手したら手首もなくなってたぞ」

短く笑うクロコダイルに、ぽかんとしたアスヒは次に溜息をついて口を尖らせる。

「…やっぱり悪い人だった」
「良いとでも思ったのかよ」
「数秒だけ」

苦笑を零しながらそう言うと、クロコダイルはむすと不機嫌そうな顔をしたままアスヒの身体を抱き寄せた。
大きく目を開くアスヒを気にした風もなく、アスヒの肩口に顔を埋めたクロコダイルは不機嫌そうな声を出す。

「フラミンゴくせぇ。
 今、着てる服、全部捨てろ」

呟いた声は嫉妬心で満たされていた。抱きしめられたままのアスヒはぱちくりと目を瞬かせる。

「…。新しいお洋服を買ってくださるのならば」

目を伏せて微笑みを浮かべたアスヒは、クロコダイルの胸元に手を伸ばして触れた。

「今度のメイド服はリボンの大きいものがいいですわ」
「…………。そうかよ」
「ナノハナで新しい香水も出たんです」
「そうかよ」
「一緒に選んでくださってもいいんですよ」

微笑みながらそう続けると、クロコダイルはにやりと笑ったあと「調子に乗るんじゃねぇよ」と言葉を返す。

クロコダイルはあっさりとアスヒの身体を離して、廊下を立ち去っていく。
自身の身体を緩く抱きしめて、アスヒは微笑みを零した。

「気ままな人」

小さく呟いたアスヒは厨房に1度だけ顔を出してから、主の命令通り着替えるために自室に向かった。


(桃色の鳥と水)

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