『In The Dream.02』

「本当、てめぇは面倒な女だよ」

最後、呆れたように言ったクロコダイルに、アスヒは見とれたように視線を向ける。

ゆっくりと身体を起こしたアスヒはじっとクロコダイルを見つめる。
クロコダイルも真っ直ぐにアスヒを見つめ返す。
1秒にも満たないほど見つめ合った2人。先に話しだしたのはクロコダイルだった。

「言え。てめぇに手ぇ出す奴は俺が全員殺してやる」
「ふふ。そんな怖いこと言わないでください」

アスヒはクスクスと笑う。が、クロコダイルが何も言わないことに気付いて、表情を怪訝そうなものに変えて、静かに言葉を続けた。

「本気…?」
「冗談だとでも思ったか?」

ニヤリと笑ったクロコダイル。そして彼女は、彼が冗談ではなく本気なのだと理解する。
ゆっくりと視線を迷わせたアスヒだったが、次にはクロコダイルの金の瞳を見つめた。

「…それはそれで魅力的ですが、まだ自分で頑張ります」
「……そうかよ」

真剣なアスヒの声に、クロコダイルが些か不満げに答えを返す。
自分の所有物を貶されて腹立たしくもあるが、アスヒが望まないのなら暫くは彼女に任せてやろう。

まだ、もう少しだけは。

葉巻が吸いたくなって、またいつものように懐を探ってしまった。勿論そこには葉巻はない。
クロコダイルは短く溜息をついて、立ち上がり、ぱらぱらと砂を払った。その瞬間の彼はここが夢であることをすっかり忘れていた。

「仕方ねぇな。
 いつまでもこんなとこにいねぇで、帰るぞ。アスヒ」
「えっ?」

呼びかけるとアスヒは酷く驚いた顔でクロコダイルを見上げていた。
珍しく鈍臭いなと短く思ったクロコダイルは、それでも気まぐれに、座ったままのアスヒに左手を差し出す。
だが、アスヒはクロコダイルの手を取るのを躊躇し、そして泣き出しそうな顔で彼を見上げた。

「どうして、」

その言葉の続きをクロコダイルが聞くことはなかった。

夕日がとぷりと海に沈んだ瞬間。クロコダイルの意識も海に沈んだかのようにぷつりと途切れたのだ。

気が付けばクロコダイルは自室のベッドにいて、あれは夢だったということを思い出して、失った左手の重さを再確認する。
左手はやはり重く、冷たく、無機質だった。

クロコダイルはその後のアスヒを知らない。知るはずもない。

不思議な夢のことも、すぐに忘れてしまった。


†††


「どうして、私の名前を…」

私の言葉の最後は尻すぼみになっていった。

目の前にいた男が瞬きの間に消えていなくなっていたのだから。

ぱちくりと瞬きをする。驚きで大きな声をあげることは不思議と無かった。
頭の端で、これは夢かも知れないと思い続けていたからかもしれない。

「……なんだったんだろう」

夕日が落ち、暗くなった海岸に私は1人残される。
海水で濡れた身体は冷えきっていて、思わず肩が震えた。

帰るぞと、行った男と一緒に行ってしまえば良かったか、と小さな後悔を残して、私はひとり立ち上がる。

そしてふと、先程、自分でも作り物だとわかるくらいの笑みを浮かべたのを思い出す。
男は私のあの笑顔を見て、なんだか満足そうな顔をしたのを、思い出す。

(……練習してみようかな)

不意にそう決意して、私はぱらぱらと砂を払って歩き出した。

私に居場所なんてどこにもない。
でも、いつか、行ってしまった男が戻って来て、私の嫌なものを全て殺してくれるかもしれない。

そう考えるとここに来た時よりかは少しだけ気が楽になっていた。あの男に言った通り、まだ自分で頑張ってみよう。


†††


「…昔、家の近くが海でして。毎日そこに通っていたんです」

不意にそう話したアスヒに、隣にいたクロコダイルは彼女の顔を怪訝な顔をしながら見上げた。
アスヒはクロコダイルの顔をじとと見つめて、ぱちくりと瞬きをする。

「………似てるかもしれません」
「はぁ?」

呆れたように言うクロコダイルに、アスヒは上品に微笑む。

「そこで出てきたお化けがクロコダイル様に似てる気がしますわ」
「殺されてぇのか」
「物騒な所が余計に」

アスヒがくすくすと笑うとクロコダイルは短く、不満げに鼻を鳴らした。

葉巻を取り出すとアスヒがすぐに火をつける。
クロコダイルがアスヒを見たあと、吸った煙を吹きかけてやると、彼女はむすとしてから、その表情を隠すようにぷいと顔を背けた。

今度はクロコダイルがアホらしさにくつくつと笑って歩き出す。
笑われたアスヒは不満げながらも、適わないと知って溜息を零していた。

「馬鹿言ってねぇで、帰るぞ。アスヒ」
「はい」

短く返事をしたアスヒがクロコダイルの背中を追いかける。
名前を呼ばれたことに若干の既視感を覚えながら、少し微笑みを零したアスヒは葉巻の香りを追うように彼の背中を追いかけていく。



(In The Dream.)

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