『賭け事をしましょう02』 

閉店後、アスヒは未だ店内にいた。何度か出入りをしていた彼女だが、最終チェックのためにまた店内に戻ってきていたのだ。
カジノ側の従業員も全て帰したあと、ちらりと店内を見た時、アスヒはぱちぱちと瞬きをした。

アスヒが日中持っていたテーブル。いつも客が腰をかけるところに、クロコダイルが座っていた。

驚きの表情を浮かべていたアスヒは、小さく頬笑みを浮かべてクロコダイルの傍に近づいていく。
そのついでにシャンパンを入れたカートも押していく。クロコダイルはテーブルでルーレット用のボールを転がしてた。

「お客様、シャンパンはいかがでしょう?」

軽口を言いながらグラスを彼の前に置いたアスヒ。クロコダイルはにやりと笑った。どうやら客用に出すシャンパン程度でも許可が出るくらいにはご機嫌らしい。
近くに置いたカートの中、氷水に入れて冷やしているシャンパンを引き上げた彼女は手際よくコルクを開けて、グラスに注いでいく。

「よくやったじゃねぇか」

本当にご機嫌な様子のクロコダイルにアスヒはただにこりと微笑みを向けてみせた。

(あら。お褒めの言葉なんて珍しい)

内心少しだけ驚いていると、クロコダイルはグラスを空にして、またテーブルに置く。
アスヒは心なしか楽しげだった。

「煩いのは好みませんが、勝ち負けを左右する立場になるのはクセになりそうです」

アスヒはクロコダイルが指先で転がしてきたボールを手にする。

今日1日、アスヒがついていたテーブルは大盛況だった。

中でも1番盛り上がったのは、たった数枚のチップが数百枚に化けた時だろう。
あの時のアスヒは、ぱちくりと瞬きをして、やってしまったという表情を浮かべたあと、それを勝ち取った客に優しく微笑みかけ、祝の言葉を向けたのだ。
それから、アスヒのテーブルには沢山の客が付き、多くのチップが流れていった。

まぁ、それでもアスヒが持っていたテーブルはカジノ側の利益が上がっているのだが、それを知るのはカジノ側の人間だけだ。

楽しげにボールを掌で転がしていたアスヒを見て、クロコダイルは頬杖をついて短く笑った。

「イカサマしやがって」
「………何の話です?」

その時、彼女自身も返事をするのに手間取ってしまったことを理解していた。
これでは図星だったと白状したも当然だ。

はぁと溜息をついてクロコダイルをじとと見つめていると、彼はにやりと笑ってから、イカサマに気が付いた理由を話し出した。

「狙った所に落としすぎだ。
 俺はてめぇの腕がいいとは毛頭思ってねぇからなぁ」

言葉を聞いたアスヒははぁと溜息をついて、肩をすくめた。誰にもバレないと思っていただけに、今回のは少しだけショックだった。
彼女は答え合わせのため、言葉を紡いでいく。

「見えないくらい薄い水の膜を張って、ボールが流れるようにしたんです。
 これがなかなか難しいものでした」

アスヒはそう言って小さな金属のボールを掌で転がす。指先から落ちたボールは重力に逆らい、そのままアスヒの周りをまわるように転がり続けていた。
彼女の周りには目を凝らしても見えないほどの水の膜が漂っていた。コロコロとボールを転がし続け、自身の周りを踊らせる。

クロコダイルがボールを踊らすアスヒを見て、短く鼻で笑う。
軌道を遮るように鉤爪を翳すと、ボールは不自然に跳ねて鉤爪を避けていった。

「これには能力者が小細工出来ねぇように海楼石が入ってるはずなんだが…、てめぇには関係ねぇか」

ミズミズの実を食べたアスヒにとって、海楼石は彼女の力を制限するものではない。
アスヒは感心したようにボールを再び手の中に収めた。

「なるほど道理で。とても手に馴染みます」

浅く微笑んだアスヒはボールをテーブルの上に置く。彼女は凛とクロコダイルを見つめた。

「気には入りましたが、性には合いませんわ。
 明日からはメイド業に戻らせて頂きます」
「そうだな」

クロコダイルも反論することなくアスヒの言葉を受け入れる。
流石に昨日の今日で、応募した人員が集まった訳では無いだろうが、そもそもクロコダイル自身も長いことアスヒをディーラーとして働かせたくはないようだった。
アスヒも小さく一息付く。カジノの喧騒はどうにも好きにはなれない。クロコダイルが小さく口を開いた。

「似合ってねぇしな」

アスヒの姿を横目で見たクロコダイルは、葉巻を咥えながら鼻で笑う。
普段着るメイド服のような、フリルなど一切ない、洗練されたデザインのディーラー服。
ルーレット台に腕をついて、わざとらしく肩を落としたアスヒは、自身が着ているディーラー服を指で弾いた。

「このお洋服を褒める機会は今日だけですよ?」

軽口を叩くとクロコダイルは短く笑った。

「似合わねぇもんは似合わねぇよ。さっさとメイド服に着替えろ」
「着せたのは貴方様なのに」

子供のように口を尖らせて溜息をつくアスヒ。
クハハと笑ったクロコダイルに、アスヒもつられて少しだけ笑った。



(賭け事をしましょう)

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