『再会』(6年目・原作)

集まったエージェント達が各地に飛び散ったあと、大広間に呼び戻されたアスヒはテーブルのカップ達を片付けていた。
主賓席にはクロコダイルが座ったままで、アスヒの姿を何をするでもなく眺めながら葉巻を吸っていた。

アスヒは集めたカップをカートに乗せる。いつもならばそのままカートを押して退室してしまうが、今日は若干の戸惑いを見せて留まる。

クロコダイルに聞きたいことが山ほどあるのだ。知っていたとしても、それでも、彼がこれから何をするのか、どうしたいのか、全てを問いかけたい。問いかけてしまいたい。
だが、アスヒにだって隠し事はある。彼に言っていないことがある。それなのに、自分だけが問いかけてもいいものなのか。

「アスヒ」

クロコダイルがアスヒを呼ぶ。アスヒは戸惑いを隠して彼に近づいて行く。クロコダイルはアスヒの身体を引き寄せて、自身の膝の上に乗せた。
アスヒはぱちくりと瞬きをしてからも、大人しく彼の手に従い、両膝を揃えて彼に座る。アスヒは溜息をついてクロコダイルの顔を見つめた。

「ご機嫌ですね」
「否定しねぇよ。……あと17時間だ」

左手の鉤爪がアスヒの毛先をさらさらと撫でる。アスヒは首筋に流れる自身の髪にくすぐったさを感じて肩を竦めながらクロコダイルにもたれかかる。
目を閉じると大層ご機嫌なクロコダイルがアスヒの髪を梳かして遊んでいた。


†††


次の日。空はいつものように太陽を見せて、冷え込んだ夜をかき消すように徐々に気温も上がってきていた。

水槽を眺める。バナナワニが優雅に泳ぐ水槽は、この国が水不足で悩んでいることを感じさせないくらいに、澄んだ水で満たされていた。
水槽のガラス面に手をつけるアスヒ。指先から感じるのは水の感覚。ミズミズの実の能力のせいもあるのだろう。この部屋の水槽近くにいるのはとても落ち着く。

「暇してんな」

ぼうと水槽を眺めていたアスヒを、クロコダイルが後ろから声をかけた。振り返ろうとしたアスヒの目の前にさぁと砂が舞い上がり、気付けば目の前にクロコダイルの姿があった。
アスヒは目の前のクロコダイルを見上げながら、むすと表情を不満げなものへと変えた。アスヒへの待機命令を出したのは他でもなくクロコダイルなのだから。

クロコダイルはアスヒの不満げな顔を短く笑っていなして、部屋の隅に向かい、壁に埋め込んであるパネルを操作する。
すると部屋の中央付近、天井からゆっくりと大きな檻が降りてきていた。以前、ウォーターセブンで購入した海楼石の材料でできた特性の檻だった。

現れた檻を眺めるアスヒが静かに問いかける。

「……これからお客様が?」
「モンキー・D・ルフィの手配書を持っていただろう」

アスヒに背を向けたままのクロコダイルはにやりと笑ってそう言った。察したアスヒだが、近づいてきている『主人公』の影に恐怖心が滲んでくる。
クロコダイルという『悪人』を、『主人公』が倒してしまう瞬間が、酷く恐ろしかった。

「腹が減った。飯の準備を」
「かしこまりました」

クロコダイルはこれからの未来を知らない。アスヒは結局彼に未来を言う気はなかったし、クロコダイル自身も負けることなど一切考えていないだろう。
だからこそアスヒも、クロコダイルの計画を叶えるために、全力を尽くさなくては。

「2人分だ。いずれ、王女様もお見えになるからな」
「……かしこまりました」

背を向けたままのクロコダイルは、アスヒが憂いの表情を浮かべていたことを知らない。


†††


「大変お待たせいたしました」

食事をカートで運んできたアスヒは、今まで空だった檻の中に数人収められていることに気が付いた。

足を止めて、ぱちくりと驚きの瞬きをするアスヒ。そして檻の中にいた海軍、スモーカーと目が合い、彼女に気付いたスモーカーも苦々しい表情を浮かべていた。

「お前…」
「いつかの海軍さん…」

アスヒがぽつりと零した言葉にクロコダイルの視線が向かう。だが、アスヒは特に何をするでもなく、ただ寂しげに微笑みを向けただけだった。

「…ほら、また会えましたでしょう?」

そう声をかけると、スモーカーは深く黙り込む。クロコダイルがじとりとアスヒを睨んでいたが、アスヒは気にせず浅く微笑んでクロコダイルの前に食事を並べ始めた。

ワインボトルのコルクを開けて、グラスに注ぐ。決められた順序通りに料理を並べていく。
今日はコック長がいないため、全てアスヒが作り上げた。豪勢な見た目の料理は、全て主のために。クロコダイルのためだけに。

切り分けられ、口に運ばれていく料理をアスヒは見送る。次にまた手が料理に向かったところでアスヒは思わず声をかけた。

「いかがでしょう?」
「まずまずだな」

生意気。一瞬そう思うアスヒだったが、クロコダイルは普段から良いものばかりを口にしている。専門職ではないアスヒが作った料理でこの反応は、むしろ上出来ではないだろうか。
ひとり満足げに納得し小さく微笑みを浮かべた所で、檻の中の人物達が賑やかに騒いでいることに気が付いた。

アスヒは視線を向けて、改めて檻の中を確認する。

海軍スモーカーと、麦わら一味のゾロ、ウソップ、ナミ、そしてルフィ。

ルフィがこの場にはいないサンジのモノマネをし、ウソップがそれを見て笑う。
緊張感のないその様子にナミが2人に拳を落として、2人の頭には大きなたんこぶが出来上がる。
ゾロに至っては檻の壁に背を預けて眠っており、彼にもナミの鉄拳が落とされてやはり大きなたんこぶが出来上がる。

監禁された危機的状況でなんとも危機感のないメンバーに、ナミの怒りは溜まっているようだった。

「…。威勢のいいお嬢ちゃんだな…」

優雅に食事を続けているクロコダイルが思わずそう言葉を零した。苦笑を浮かべたアスヒが予想したとおり、ナミは声を大にして反発する。

「何よ! そうやって今のうちに余裕かましてるといいわ…!!
 こいつらがこの檻から出たらあんたなんか雲の上まで吹き飛ばされて終わりよ!
 そうでしょ、ルフィ!!」
「あたりめェだ、このォ!!」

ルフィは檻の中でうがーと威勢良く吠える。クロコダイルはそれに反応することもなく、独り言のように言葉を続ける。

「随分と信頼のある船長のようだな、麦わらのルフィ…」

「信頼…」と小さく呟いたクロコダイル。彼は自分が零した言葉を心底馬鹿にするかのように笑う。

「クハハ、この世で最も不要なものだ」

言葉を聞いて一瞬だけアスヒの表情が暗く曇る。だが、それを誰かに悟られる前には、彼女は既に無表情を取り繕っていた。
空になったグラスにもう1度ワインを満たして、アスヒは平常を保つ。ナミがまた反発しようとしたが、慌てた様子のウソップに止められていた。

「クロコダイル!!」

その時、突然、階段の先にある入り口付近から大声がかけられた。檻の中の人間と、檻の外の人間の視線が全て入口あたりに向かう。

視線の集まった先には、この国の王女、ビビが僅かに息を上げてそこに立っていた。ビビの後ろにはロビンの姿があり、彼女が連れてきたであろうことはわかった。
それでも咄嗟にアスヒはクロコダイルの横に立つ。クロコダイルは席から立つことなく、浅く笑ってアスヒに声をかけた。

「アスヒ。下がれ」
「……はい」

数瞬黙ったあと、アスヒは大人しくクロコダイルの後ろに控え、静かにビビを見つめる。クロコダイルは大仰に手を広げ、ビビを見上げていた。

「ようこそ、アラバスタの王女ビビ…、いや、Ms.ウェンズデー。
 よくぞ、我が社の刺客を掻い潜ってここまで来たな」
「来るわよ…!! どこまでだって!!
 貴方に死んでほしいから…、Mr.0!!」
「死ぬのはこのくだらねぇ王国さ」
「お前さえこの国に来なければアラバスタはずっと平和でいられたんだ!!」

ビビは怒りに任せて階段を駆け下りてくる。彼女の両手には円状の刃物が連なった武器。
アスヒの眉根が怪訝そうに歪められるが、クロコダイルは特に何もせずに葉巻を手にするだけだった。
檻の中のルフィ達が慌ててビビを止めようとするが、言葉では今のビビは止まらない。

「孔雀一連スラッシャー!!」

クロコダイルの首が椅子の背もたれと一緒に飛んでいった。椅子に座っていた筈のクロコダイルがサラサラと砂になって、次にはビビの背後に回り、彼女の身体を拘束していた。
アスヒはむすと不機嫌そうにじっとビビを見つめる。主の戯れとは言えど、クロコダイルに刃を向けられるのは案外と気分が良いものではない。せっかく作った料理も荒らされてしまったのだ。不機嫌にもなる。

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