『再会02』
「気が済んだか、Ms.ウェンズデー。
 この国に住む者なら知っているはずだぞ。この俺のスナスナの実の能力くらいな」

勿論王女のビビが知らなかったはずはないのだが、それでも一矢報いたかったのだろう。
今までにそんな人間達を何人か見てきたアスヒは、彼女の気持ちもわからないわけでもない。

それでも彼女の行動を愚かだと思うくらいには、アスヒも冷酷になってしまっていた。

クロコダイルはビビをミイラに変えることはなく、彼女のために用意しておいた席に放り、アスヒがビビの両腕を椅子に縛りつけ、その後、荒らされてしまった料理を軽く片付け、デザートとして切った果物を並べる。ビビはキッとクロコダイルやアスヒを睨みつけていた。

「座りたまえ。そう睨むな…。
 ちょうど頃合…。パーティーの始まる時間だ」

時刻は7時を回った時だった。

昨晩集まったエージェント達は既に各地に散っており、一斉に計画を始動させただろう。

まず初めにMr.4とMs.メリークリスマスのペア。彼らは昨晩のうちに国王コブラを誘拐。
その後、7時ちょうど、Mr.2ボンクレーがコブラに扮し、ナノハナにて革命軍に向けてダンスパウダー事件は全て事実だと証言。
国民達の疑いが確信に変わった瞬間に、最後、Mr.1とMs.ダブルフィンガーのペアがナノハナの港へと、武器商船を難破させるのだ。

今の反乱軍に足りないのはきっかけと武器だけになっている。
国王の告白と、港に突っ込む武器商船にある大量の武器は、ちょうど良く反乱軍に足りないものを与えてくれる。

反乱は間違いなく起きるだろう。国王軍も立ち上がった反乱軍に対抗しないわけにもいかない。
国王軍を止めるであろう国王は行方不明。ビビはここにいる。護衛隊副官であるペルも先程ロビンに敗れたらしい。

そうしてついに平和の選択肢がなくなって、戦争が始まるのだ。
クロコダイルが望んだとおりに。彼の計画のままに。

「そして、心にみんなこう思っているのさ。
 『俺達がアラバスタを守るんだ』。アラバスタを守るんだ。アラバスタを守るんだ!!」
「やめて!! なんて非道いことを…!!」

ビビの悲痛な叫びが響く。誰もがみんな、アラバスタのために戦おうとしている。仕組まれた戦いとは知らずに、守ろうとしているものを破壊する行為だと、誰もが思わずに。

どちらの陣営が勝ったとしてもクロコダイルには関係ない。
戦争で疲弊しきった民達の前でいつものように英雄を演じれば、彼はすぐにこの国を支配することが出来るだろうし、そうすれば彼の『探し物』も見つけやすくなる。

「泣かせるじゃねぇか。国を想う気持ちが国を滅ぼすんだ」
「外道って言葉はコイツにぴったりだな」
「そこは同感ですわ」
「聞こえているぞ、アスヒ」

小さく呟いたはずなのに、鋭く声をかけられて、アスヒは肩を竦めて苦笑を零す。軽く手を上げて降参の意を伝えれば、クロコダイルは不満げに鼻を鳴らしただけでそれ以上のお咎めはなかった。

そこでがたんとビビの座っていた椅子が倒れた。ずるずると這ってでも出ていこうとするビビの姿をクロコダイルは嘲笑う。

「オイオイ。どうした。何をする気だ。Ms.ウェンズデー」
「止めるのよ!! まだ間に合う!
 ここから東へ…。反乱軍よりも早く『アルバーナ』へ回り込めれば!!」

ビビは反乱軍のリーダーと幼馴染だと聞く。彼女がリーダーと出会い、彼を説得することができたのなら。
国王軍、反乱軍、どちらかでも止まれば戦争は抑えられる。止められる。

クロコダイルは諦めることを知らないビビを見下しながら、言葉を続ける。

「奇遇だな。俺達もちょうどこれからアルバーナへ向かうところさ。
 てめぇの親父に1つだけ質問をしに、な」
「一体…これ以上父に何を!!」
「親父と国民とどっちが大事なんだ?
 一緒に来たければ、好きにすればいい…。お前の自由さ」

そう言ってクロコダイルが取り出したのは、ひとつの鍵だった。ルフィ達が閉じ込められた檻の前で見せられた鍵。
ルフィ達やビビがはっと息をのむ中、クロコダイルはその鍵を軽く放る。

鍵は重力に従い、床に落ちる瞬間に、床がぱかりと開き、バナナワニが行き来する通路へと落ちていった。
きらりと光った鍵に気がついた1匹のバナナワニがのそりと動き出し、唸り声を上げながら小さな鍵をごくんと飲み込んでしまった。
クロコダイルはわざとらしく笑う。

「コイツは悪かった。奴らここに落ちたものは何でもエサだと思いやがる。おまけにこれじゃどいつが鍵を飲み込んだのかわかりゃしねぇな」

水槽の外には沢山のバナナワニが優雅に泳いでいる。先程鍵を飲み込んだバナナワニは紛れてしまい、どこに行ったかもわからなくなっていた。

「この部屋はこれから1時間かけて自動的に消滅する。
 俺がB.W社長として使ってきたこの屋敷ももう不要の部屋…。
 時期、水が入り込み、ここはレインベースの湖に沈む」

言葉を聞いてアスヒは自然と部屋を見上げてしまう。長年過ごした部屋だ。少なくとも愛着はある。
クロコダイルが沈めるというのなら、異論はないけれど、見納めておかなくては、とは思ってしまう。
部屋を見上げているアスヒの横で、クロコダイルがビビ達へと話を続けていた。

「罪なき100万人の命か、未来のねぇたった4人の小物海賊団か。
 救えても1つ。いずれも可能性は低いがな。
 BETはお前の気持ちさ、Ms.ウェンズデー。ギャンブルは好きかね」

がごんと部屋の隅の弁が開く。溢れ出してきた水にウソップが悲鳴を上げた。

「水が漏れてきたぞ!!
 このままじゃ部屋が埋まっちまう!! あと1時間の命なんて俺はヤだぜ!!」
「騒ぐな、てめぇは」
「馬鹿野郎これが騒がずにいられるか! 死ぬんだぞ、放っときゃあ!!」

ウソップの悲鳴が響く中、クロコダイルとロビンがビビに背を向けて歩き出す。扉の前でじっと待つアスヒはビビから視線を外そうとはしない。
血が滲みそうなほどに唇を噛み締めていたビビが、武器を振り上げようとして、呻き声をあげて手を下ろしてしまった勝てないと、悟ってしまったのだろう。

一歩踏み出そうとしたアスヒも足を止める。崩れ落ちるビビを見送っていると、檻の中でルフィが大声を上げた。

「ビビ!! なんとかしろ!! 俺達をここから出せ!!」
「クハハハ、ついに命乞いを始めたか、麦わらのルフィ!!」

ルーキーのあがきだと、クロコダイルは心底愉快に笑う。だが、檻の中にいるルフィは絶望的な状況だと思わせはしないほどに爛々と輝く眼でクロコダイルを睨んでいた。

「俺達がここで死んだら! 誰があいつをぶっ飛ばすんだ!!」
「……自惚れるなよ、小物が」
「お前の方が小物だろ!!」
「…。身の程知らずな方」

今まで静かに会話を聞いていたアスヒが小さく言葉を零す。この時のルフィはまだ賞金3000万ベリー程度の海賊だ。
それが王下七武海クロコダイルに対して小物、とは。

だが、その声に呼応して、俯いていたビビが視線を上げた。彼女の目にも生気が灯り直しているのをアスヒは確かに見た。
クロコダイルは水槽の外にいたバナナワニに合図をする。すぐさまバナナワニの巨体が部屋へと乗り込んできた。

「さァ。こいつらを見捨てるのなら今のうちだ。反乱を止めてぇんだろう?」

バナナワニがその巨体に見合わないほどのスピードでビビを襲った。


(再会)

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