『砂を待ったあとで』(2年目)

レインベースに海賊が来た。

それ自体は珍しいことではないのだが、この町には七武海のクロコダイルがいる。
住民達は海賊達の横暴に恐怖しつつも、それ以上にこの国の英雄が現れるのを今か今かと待ちわびていた。

買い出しに出かけていたアスヒもまた、やがてクロコダイルがくるのだろうと、どこか他人事にで騒ぎの声を上げている海賊達を遠目に見ていた。

「クロコダイル!! いるんだろ!? さっさと出てきやがれ!」

なんとまぁ。こいつらはクロコダイルの首を取る気らしい。
自信過剰な態度にアスヒは驚きの表情を見せる。アスヒにもわかるくらいに三下の海賊達がクロコダイルに勝てる要素は一切ないように思えた。

その時、アスヒの横で風が吹き抜け、砂が巻き上がった。彼が来るのだ。

不敵な笑顔を浮かべている海賊達と、期待を高める住民達。そして沢山の視線を集めながら、クロコダイルの姿が海賊達の目の前に現れた。

「てめぇらいい度胸だな」

アスヒはクロコダイルを見つめながら、歓喜の声をあげる住民達を不思議に思う。
にやりと笑みを浮かべたクロコダイル。あれはどうみても悪役の顔だというのに。

英雄の登場に涙まで浮かべ始める住民達を見て、アスヒは苦笑を浮かべた。「アラバスタの英雄」だなんてとんだ勘違いもいいところだろう。
何年後かわからないけれども、この男は国の強奪を目論んでいるのだと、わざわざ伝えるつもりはないが、簡単に感謝の言葉を捧げる住民達にアスヒは苦い思いを抱いた。

先程まで威勢のいい声を上げていた海賊達だったが、彼らは戦いが始まった瞬間にクロコダイルとの力の差を痛感したらしい。

クロコダイルの能力で1人1人とミイラになっていく中、1人、クロコダイルの目を掻い潜って逃げ出そうとしていた。
住民達の視線もクロコダイルに注がれており、その海賊にとっては幸いなことに誰にも見つかることなく、路地へと逃げることが出来ていた。

それを見つけてしまったアスヒは一瞬顔を顰めたあと、買い出し中の荷物を抱えたまま、海賊のあとを追いかけた。


†††


「なんだんだよ、あの化物は…!!」

息も絶え絶えに走った海賊は、路地を走り、比較的賑わっている市場まで出てきていた。
海賊は売り物である水を横暴に奪って飲み干し、再び走り出そうとした。そこでアスヒが追いつく。

「そちらは売り物ですよ」
「じょ、嬢ちゃん…!」

海賊の腕を掴んで声をかけたアスヒに、店の主人の方が怖気づいた声をかける。
じとりと海賊を見つめている彼女に対して、海賊は苛々とした表情でアスヒの手を乱暴に振り払った。

「うるせぇ!! 殺されたくなかったら黙ってろ!」

すぐにでも剣を抜きそうな様子の海賊にアスヒは顔をしかめる。
だが、クロコダイルが来るまでの数分間、この海賊を逃がすわけにはいかない、と、彼女は振りほどかれた手をもう1度掴んだ。

自身の恐怖を隠すためにアスヒは笑みを浮かべていた。

「もう少しゆっくりしていきませんか? ねぇ、海賊さん?」

クロコダイルから逃げるために必死な海賊は急に出てきたアスヒに苛立ちを隠せない。

彼は面倒くさい女は切り捨てた方が早いと判断したのか、腰に下げていた剣を引き抜いた。
出された刃物に、アスヒは流石に手を離す。止めておきたい思いはあるが、怪我はしたくないのだ。

剣を抜いた途端に離れたアスヒに気を強くしたのだろう。海賊は下品な笑みを浮かべながらじりじりとアスヒに歩み寄る。

「そうだ。切られたくはないだろう?」
「…。えぇ。そんな趣味はありませんからね」

軽口を叩くと、アスヒのすぐ横に剣が振り下ろされた。一瞬息が止まりそうになるが、アスヒは市場でこの海賊が暴れだすのもいけないと判断し、海賊を誘導するように走り出す。

「てめぇ、待ちやがれ!!」

先程まで追われる存在だった海賊だが、今度は追う存在となり、微かな優越感を得たのだろう。
意気揚々とアスヒを追い始めた海賊を、アスヒは一瞬振り返って確認する。

(さて、あとは早くクロコダイルが見つけてくださればいいんですけれど)

路地を駆け抜け、追われるアスヒは人気がない方へと走りながらクロコダイルを待つ。

そして路地を抜ける瞬間、急に2mほどの大きさの砂嵐が起こってアスヒはすぐさまその砂嵐の後ろへと回った。
砂嵐を見た瞬間に顔を真っ青にさせる海賊と、砂嵐の中から実体を現すクロコダイルが左手の黄金の鉤爪を突きつけた。

軽く息の上がっていたアスヒは主の大きな背を見つめながら、言葉をかける。

「お、そいですよ。クロコダイル様」
「てめぇも砂にされたくなかったら、黙っていやがれ」

先程海賊が言ったかのような脅し文句を言うクロコダイルに、アスヒは口元に笑みを浮かべる。
やっぱり彼は悪役の方が似合うではないか。

数瞬で付いた勝負を見つめて、アスヒはつまらなそうに顔を顰めているクロコダイルに頭を下げた。

「助けていただき、ありがとうございます」

クロコダイルは頭を下げるアスヒを見下ろし、低い声で言葉をかけた。

「……。こんな海賊1人。逃がしちまえば良かっただろう」
「あとで応援なんかを呼ばれて、クロコダイル様の手を煩わせるわけにはいきませんから」
「今、この瞬間の時間を無駄にしたが、な」

忌々しそうにそう言い切ったあと、再び砂嵐が巻き上がって次にはクロコダイルの姿も海賊の姿も見当たらなかった。

アスヒは空に飛んでいく砂嵐を見送って、今まで抱えていた買ったものが汚れていないか確認して、何事もなかったかのように帰路についた。


(砂を待ったあとで)

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