『ニコ・ロビン』(2年目)

買ってきた食材の紙袋を抱えてアスヒは走る。

この屋敷にはアスヒ、メイド長、コック2人で構成された4人の従業員しかいない。広さの割には人数が合っていないのだ。
そのため、夕食の支度はメイドであるアスヒも協力して行っていた。今日は全体的にスケジュールが遅れている。急がなくてはいけない。

廊下を急ぎ足で進んでいると、反対側からクロコダイルが姿を現した。

主の横を走り抜けるわけにもいかないアスヒは、廊下の端に寄って立ち止まる。
そしてクロコダイルに向かって頭を下げる時、彼の後ろにもう1人ついてきていることに気がついた。

美しい黒髪の女性にアスヒの視線が奪われる。加えるとアスヒはその女性の名前を知っていた。

(ニコ・ロビン…!)

クロコダイルの後ろに従って歩いていたのは、いずれ麦わらの一味に加わる筈のロビンだった。
驚いた顔を誰にも見せたくなくて、アスヒは高揚する気持ちを押さえてより一層深く頭を下げる。

「メイド長を呼んで来い」
「はい、かしこまりました」

すれ違いざまに出された命令にすぐに返答をし、そのまま立ち去っていく2人を見送るアスヒ。

原作で読んだアラバスタ編でいたはずのロビンは、今まで屋敷の中にはいなかった。
いずれここに来るのだろうと予測はついていたが、実際にロビンを姿を見かけた今、驚きとそして喜びでいっぱいだった。

漫画で見る以上にとても美しい人だったことに、若干気分を高揚させつつ、アスヒは再び走り出してメイド長がいるであろう厨房へと向かった。


†††


ロビンがこの屋敷に来てから数日だったと思う。アスヒは彼女の部屋へ珈琲をいれに来ていた。

「ありがとう」

きちんと仕事をすればお礼を言ってくれるロビンに対して、アスヒの中の好感度はどんどん上がっていっている。
それを決して口にも表情にも出さないようにしているために、彼女とは最低限の交流しかしていないのだけれども。

「貴女、どうしてサーに仕えてるの?」

いつものように珈琲を出したあと退室しようとしていたアスヒだったが、今日はロビンから声をかけられ、動きが止まった。

「何故、そのような質問を私に?」

アスヒは最初、そう質問をした。そして、自分の過ちに気が付いて円形のトレーを抱えたまま深々と頭を下げた。

「質問を質問で返す形になってしまい、申し訳ございません」
「いいのよ。私も急だったから」

浅く微笑みを浮かべたロビンは上品に珈琲を口にしたあと、彼女自身の分析を口にした。

「サーに仕えてる人は数少ないけれど、みんなサーを崇拝している節があるわ。メイド長もコックも、みんな…。
 でも、貴方はサーを、崇拝…とまではいってみたいだったから」
「……。そうですね。私はクロコダイル様を崇拝してはいませんわ。彼はただの主です」

きっぱりと言い切ったアスヒ。
他意はなかったし、彼が悪人だとも知っているアスヒは、クロコダイルを信用することは出来なかった。

だからこそロビンは問いかける。

「もう1度聞くわ。どうしてサーに仕えてるの?」

ロビンの声に、アスヒは深く黙り込む。
何故、自分がクロコダイルに仕えているのか。それを深くは考えたことはなかった。

「他に…」

小さく呟いたアスヒは自分自身に確認しつつ、言葉を選びつつ答えていった。

「他に、行く宛がないからでしょうか」

ようやく選んだ言葉は困惑に満ちていた。

不服そうに頬を膨らましたアスヒはロビンに向かって再び小さく頭を下げた。

「すみません。
 私もまだよく理解していないのです。
 ……ただ、案外ここも快適に思っているのかもしれません」

答えるアスヒの声には仄かに優しさが乗っていて。
気付いたアスヒ自身が少しだけ口を尖らせて、ロビンへと視線を向けた。

「…どうかこのお話はクロコダイル様にはご内密に」
「ふふ、わかっているわよ」

微笑んだロビンは飲み終えた珈琲のカップを置く。アスヒはその仕草を見つめながら小さな微笑みを浮かべた。

「クロコダイル様は良い人でないけれど、そんなに悪い方でもないんですよ」
「………」
「それでは失礼いたします。
 Ms.オールサンデー様にもここが気に入っていただけますように」

最後に一言告げて、深々と頭を下げてから退室するアスヒ。
ロビンは黙ってそんなアスヒの姿を見送ってから、自然と溜め息が零れた。

「崇拝じゃないけれども…。…愛されてはいるのね」

ひとり小さく呟くロビンの声はどこか羨ましそうで。

立ち去っていたアスヒの後ろ姿を思いながら、ロビンは憂い顔を見せていた。


(ニコ・ロビン)

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