三角頭は微動だにしないまま、肩をすくめて死んだウサギのぬいぐるみを掴んだ。びちゃびちゃと血が滴るがそんなことはお構いなしに、三角頭はぬいぐるみのポケットに手を入れて何かを差し出した。

血に塗れて判別し難いが、それはどうやらあのウサギのキーホルダーのようだった。
見ている間に、もごもごと動き出すキーホルダー。なんだ、コイツ、何でもありか。

「痛いッて言ってんだよォ、レッドピラミッドシング」

ぬいぐるみの時よりも一回り以上小さくなったウサギは三角頭に掴まれながら文句を言っている。だからなんでコイツは生きているのだろうか。私は驚きつつウサギをじいっと見つめているとウサギはひょいと三角頭の腕から逃れ、死んだぬいぐるみの上に腰を掛けた。

「何が何だかわかんないって顔だねェ、セニョリータ。
 ほら、僕はこのとおり、このサイレントヒル中にある『ロビー人形』全てが本体なんだァ。
 僕はさみしがり屋だって言ってんだろォ、セニョリータァ?」

キャハハと甲高い声で笑う狂ったウサギを睨みつつ、私は近くの三角頭に手を伸ばす。腕に触れると三角頭は酷く驚いたようにたじろいた。
私の足を叩き落としたこのウサギよりも、私を助けてくれたであろう三角頭の方がまだマシだ。マシの筈だ。

ウサギは笑い声をぴたりと止め、小首を傾げた。

「怖くないの?」
「怖いわ。一刻も早くここから出たい」

すぐさま本心を告げ、私はウサギを睨み続ける。こんな君の悪い赤錆に塗れた世界などすぐにでも抜け出したい。
でも。俯いた私は表情を暗くする。触れた三角頭の腕は異常に固くて、温もりなど存在しない。それでも離すことがどうしてか出来なかった。

私は本当はもうわかっているのだ。この世界からは出られない。この足では、こんな足では。

血塗れのウサギは三角頭の腕に触れながら俯く私を見続けたあと、その変わらぬ笑みのままお気楽な声を上げた。

「まァ、なんにせよ、ゆーっくりしていけばいい。
 サイレントヒルは素敵な観光地だからねェ」

今の言葉を本気か冗談か選んでいいと言われたら、その言葉を冗談ととりたい。こんな血生臭い場所が観光地であってたまるかと内心毒づくが、ここに住んでいる彼らのど真ん中でそれを口にする勇気は私にはなかった。

片方のナースが血管の浮かぶ青白い腕を伸ばして、ウサギの血で汚れた掛布を取り払い、真新しいシーツを持ってきてくれた。血錆の浮かぶこの空間ではその白いシーツの方が異質にも思えた。

そして私の身体をほぼ強制的に横たわらせ、ナースは母が子供にするかのように私の額を撫でた。
生きているモノの体温ではない手に恐怖がなかったというのは語弊になるが、ナースが心底私を心配している様子だけは伝わってきた。

隣の三角頭は1度腰をかけた場所から微動だにしていなかった。が、ウサギのキーホルダーを徐に握りつぶす(ウサギの悪態と断末魔がキーホルダーから響いた)と、ゆっくりと立ち上がりベッドの回りにある紗幕に手をかけて閉めていった。
紗幕の内側には横たわっている私と、私の周りで甲斐甲斐しく世話をする気で動いているナースの2人になる。

三角頭が未だ紗幕の外側に居る気配を感じつつも、ナースが手渡してきたメモ代わりのカルテを、私は静かに口に出した。

「……『Good night』…」

この状況で寝ろというのか。私に。

やっと言葉を話す物が来たかと思えば、何の情報も得れないまま疑問ばかりが残されたままだ。
私は苦々しく顔を顰めたまま、それでも私は大人しくベットに横たわったまま静かに目を閉じた。

こんな状態でも、私はまだ生きるらしい。


◆メチルフェニデート

ナルコレプシーならびにADHD患者に対して使われる、アンフェタミンに類似した中枢神経刺激薬である。

大量長期間摂取し続けると、統合失調症に酷似した精神病状態を呈することがある。
メチルフェニデート服用の一般的な副作用として、不眠傾向、食欲低下、不安増大、神経過敏、消化管症状、眼圧亢進、頭痛、口渇、目のかすみ、嘔気、肝機能障害、中止時の悪性症候群などがある。

メチルフェニデートと構造が類似しているアンフェタミン及びメタンフェタミンは、日本では覚せい剤取締法によって覚せい剤に指定されている。


(Wikipediaより引用)


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