「ふみさん見つけた!」


その声と共に横浜の街を歩いていたふみは、後ろから腕を掴まれた。


突然の事に驚きよろけそうになるのを何とか耐えると背後をゆっくりと振り返った。
そこには、ふみの想像していた通りニコニコと笑みを浮かべた人虎・中島敦が立っていた。


ふみは、その敦の姿に嫌そうな表情を浮かべると敦に掴まれている手を上下にぶんぶんと振るがガッチリと掴む敦の手がふみの腕から離れる事は無かった。


ふみ「離せ、人虎。
私は貴様に構っているほど暇では無いのだぞ。」



ふみは、不機嫌そうな顔でそう言うと敦をじろりと睨みつけた。

そう、ふみは暇では無かった。

久しぶりに貰った休日。
有意義に過ごそうと食べる事が大好きなふみは、以前に挑戦しペロリと平らげた巨大パフェを再び食べようと街に繰り出したと言うのに其れを敦に邪魔されたふみは、頗る機嫌が悪くなるのが自分でも分かった。


そんなふみに敦は、笑みを崩す事なくふみに優しげな声で問いかけた。




敦「限定スペシャルケーキセット食べに行きませんか?」


敦の口からでた“限定”と“ケーキセット”と言う言葉に釣られたふみは、素早く頷いた。
そんなふみに敦は、「では、行きましょう{emj_ip_0792}」と掴んでいたふみの腕から手を離しするりと指を絡ませ手を繋ぐとそのまま歩き出した。


ふみは、手を離せと言いたかったが自分よりも大きく温かい手に触れた事により何故か言い出せなくなってしまい、
そんなふみを知ってか知らずか、敦は絡ませた指をぎゅっと握ると幸せそうに微笑んだ。



敦に手を引かれ、辿り着いたのは武装探偵社が入るビルの一階にある喫茶店・うずまきであった。
ふみは、繋がれた手をクイッと引っ張ると敦が「どうしました?」と振り向き首を傾げた。



ふ「此処は…武装探偵社のビルだろう…」



停戦中とは故、こんな所にポートマフィアの私は来てはいけないだろう。と言葉には、しなかったが敦には伝わったようで敦は、「良いんです!」と無理矢理ふみを喫茶店・うずまきへと押し込んだ。


「いらっしゃいませ!あら?」


中に入ると中年の男性と三角巾とエプロンを付けたこれまた中年の女性がカウンターに立っていた。
店員だと思われる中年の女性は、敦の姿を見た瞬間、首を傾げたが後ろにいたふみの姿を視界に捉えると微笑み、「奥へどうぞ」と席へ案内してくれた。


奥の4人掛けの席に向かい合わせになるように座った敦とふみは、ふみがメニューを開くより前に敦が「限定スペシャルケーキセットください」と注文をした。


敦「飲み物は、何にしますか?」


ふ「紅茶…」


敦「紅茶二つお願いします。」


「はいよ。」


店員の女性は、にこにこと敦とふみに笑いかけると注文用紙を片手にカウンターの奥へと姿を消した。



敦「うふふっ」


ふ「何だ、突然…」


ふみの顔を見ながらにこにこと笑う敦にふみがゴミを見るような視線を敦に向けるが気にする事無く、敦は話続けた。



敦「本当に今日、ふみさんに会えて良かったです!
異能使って探した甲斐がありました。」


ふ「貴様はストーカーか。
と言うか異能の無駄遣いは止めろ。」


ふみが眉間に皺を寄せながら言うと敦が「僕の異能を此処で使わず、何処で使うんですか{emj_ip_0792}」と自信満々に言って来たがふみは「少なからず、貴様の異能はそんな事をする為に有るのでは無いと思うがな。」と冷たく言い放った。


そんなたわいも無い会話を続けていると、注文していた紅茶が届いたかと思うと大量のケーキが乗ったケーキスタンドが二つも運ばれて来た。
目の前の美味しそうな大量のケーキにふみは、目を輝かせると使い慣れていない携帯をコートから取り出しカメラ機能にするとパシャパシャと写メを無言で撮り始めた。



敦「良い写真撮れましたか?」


敦がそう聞くとふみは、今撮った写真を見返すと満足気にコクリと頷いた。

携帯を仕舞うと紅茶に手を付け、一口飲むと手を合わせ「いただきます」と呟き、フォークでケーキを一口サイズにするとパクリと食べた。


ふみ「甘い…美味しい…っ」


幸せそうに食べ進めていくふみの姿に敦は、幸せそうな笑みを浮かべながら見つめていた。
もぐもぐと食べ進めて行くふみは、敦が先程から幸せそうに自身を見つめ、一向にケーキに手を付けていない事に気がつくと食べていた手をピタリと手を止め、ジッと敦を見つめた。



敦「どうかしましたか?ふみさん」



不思議そうに首を傾げる敦にふみは、ジッと見つめたまま「貴様は、食べぬのか?」と問いかけた。


そんな、ふみの問いかけに敦は、目をきょとんとさせると笑った。




敦「僕は、ふみさんの幸せそうな姿を見てお腹がいっぱいなのでいいんです。」




頬を染めながら本当に幸せそうに笑う敦の姿にふみは、目を丸くすると赤くなる頬を敦に見られたくないと照れ隠しの様に再びフォークをケーキへと伸ばした。


敦「美味しいですか?ふみさん」



敦の問いかけにふみは、コクリと頷くと再び食べる手止め、ケーキが乗ったフォークをスッと敦の口元へと差し出した。


「えっ?」と目を丸くさせながら驚く敦にふみは、目線を逸らし頬を染めながら恥ずかしそうに言った。





ふ「あ、…あーんっ…」



いつもは、そんな事などしないふみが恥じらいながら敦にあーんする姿に敦は驚きのあまりピシリと固まってしまった。
ふみは、そんな敦を見て更に自分のした行動に羞恥心を感じ顔を真っ赤にさせると敦に向けて居た手を引っ込めようとした時、その行動を阻止する様に敦の手がふみの腕を掴んだ。

驚くふみを他所に敦は、ケーキをパクリッと食べた。



敦「美味しいです…!」


ふわりと幸せそうに微笑む敦にふみは、「そうか…」と何処か恥ずかしそうに呟いた。








ケーキスタンドにあった大量のケーキもあっと言う間にふみの胃に消えた頃、敦がお手洗いに行くと席から離れて行くのをボーッと眺めていたふみは、自身のカップに飲み物がない事に気がつき、店員である中年の女性を呼ぶと「ココアをひとつ…」と飲み物の追加を注文した。
女性は、「あいよ!」と返事をした後、ふふふっとふみを見て微笑んだ。


ふみは、女性に微笑まれた意味が分からず、「何か?」と首を傾げながら問いかけると女性は、「貴女があの子の彼女さんかい?」とふみが予想もしていなかった言葉を発した。



ふ「違います。彼女では無い。」



「あら、そうなのかい?アタシは、てっきりあの子の彼女さんかと思ってたよ。



だって…」




“大切な人に食べさせるんだって意気込んでさっきのケーキ全部手作りしてたからね。”





ふ「えっ…?」


ふみは、女性の言葉に耳を疑った。


ふ「さっき私が食べていたのは、ここのメニューでは無いのか…?」


ふみが目を丸くしながら問いかけると女性は、ニコニコと笑いふみの問いに答えてくれた。


「あの子ね、ホワイトデーに大切な人にお返しがしたいって言ってきたんだよ。
その人は食べる事が大好きでお菓子を作ってあげたいか作る場所とホワイトデー当日にケーキを振る舞う場所を貸して欲しいと言われてね。

あのケーキは、
ここ数日間、あの子が頑張って作ってたんだよ」



美味しかっただろ?と言う中年の女性の店員の言葉にふみは、頬を染めながらコクリと頷いた。


女性は、ふみの姿に微笑むと「あの子は良い子だよ。」と言うとカウンターへと歩いて言った。



その直後、敦がトイレから戻り再び席に座ると頬を染めるふみを見て敦は首を傾げ「どうしました?」とふみに尋ねた。




ふみ「別に…何も無い…」




ふみは、そっぽを向きながら答えた。






追加注文のココアを飲み終えたふみと敦は、喫茶・うずまきを後にした。


まだ、時計の針が16時過ぎを指している頃だった。
一人で帰れると言うふみと途中にある公園まで送ると強引に決めた敦は、二人隣同士に歩いていた。

自分の事や探偵社であった出来事を笑顔で話す敦にふみは、ピタリと足を止めた。
そんなふみに気がついた敦は、振り返り不思議そうにふみを見つめた。



敦「ふみさん…?どうかしましたか?」


心配そうにふみを見つめる敦にふみは、じっと敦を見つめると敦の腕をグィッと引っ張った。
突然の出来事に敦はバランスを崩し、体が前のめりになるとちゅっと自身の頬に柔らかいものが当たったのが分かった。



それがふみの唇だと理解したのは、ふみが少し体を離してからであった。


呆然とする敦にふみは、頬染めながら言った。





ふみ「お返し…ありがとう。






敦のケーキ…美味しかった…。」




そう言うとふみは、恥ずかしさからか敦から素早く離れるとそのまま走り去ってしまった。



敦は、そんなふみの背中を呆然と見つめるとふみにキスされた頬に触れ、幸せそうに微笑んだのだった。




敦「あぁ、もう本当に大好き…。」



敦は、そう呟くとふみが消えた方面を見つめたのだった。












ハッピーホワイトデー{emj_ip_0792}