(単行本10巻39話より)


「人は、父親が死んだら泣くものだよ。」




太宰がそう言うと去っていく姿を見送った後、ベンチに座っていた敦は両手で顔を覆い静かに一人涙を流した。

今まで恐れていた孤児院の院長が己を厳しく不器用ながらも愛していてくれた事を知ったからであった。

今までの院長の行動・言動全てが敦の恐怖であり、トラウマである事に変わりは無い。
だが、今思い返せば院長の言葉や行動が敦の生きる糧になった事に敦は気付かされた。

自身の瞳から溢れる涙に敦は、拭う事しか出来なかった。


そんな時だった。

コツコツと足音が聞こえたかと思うとベンチに座る敦の横にトンッと誰かが座った。
敦は涙に濡れた顔を上げチラリッと隣に座った人物が誰なのかを確認するように視線を向けるとその人物に驚き目を見開いた。



敦「ふ、み…さん?」



そう、敦の隣に座ったのは敦の想い人であり芥川龍之介の双子の妹・ふみであった。

自身の名を呼ばれたふみは、横目でチラリと敦を見ると直ぐに視線を真っ直ぐ前に戻した。
すると、スッとふみの手が敦に向かって伸びたかと思うとふみの白く細い指が涙で濡れた敦の頬をするりと撫でると下に降りて行き敦の手を自身の手でぎゅっと握った。



ふ「泣きたければ…泣けば良い」



“貴様の気が済むまで、側に居てやる。”




ポツリと呟いたふみの言葉に敦は、自身の頬に再び涙が伝うのが分かった。




敦「…っ…ありがとうっ、ございます。」


涙を流しながら一生懸命、言葉を紡ぐ敦にふみは応えるように無言で握る手に力を込めた。


敦「怖かったんです、院長先生が」


ふ「うん。」


敦「死ぬかと思う事も沢山されました。」


ふ「うん。」


敦「怖かったのにっ…憎かったのに…っ{emj_ip_0792}」



ふみは、敦の言葉に相槌を打つだけだった。


だが今の敦には、其れだけで良かった。

繋がれた手の温もりが一人では無いと思え、安心感を感じた。


其れを無言でやってのけるふみの優しさに敦は、またひとつふみに対する気持ちが強くなった。







(今だけは、悲しませてください。)




(涙が止まったら、いつもの僕に戻りますから)



(そしたら、このままふたりで歩いても良いですか?)